Masami Toku on Flickr

MasamiToku. Get yours at bighugelabs.com/flickr
Showing posts with label 米国美術教育 (Art Education in the US). Show all posts
Showing posts with label 米国美術教育 (Art Education in the US). Show all posts

Saturday, May 7, 2011

A Cover of Textbook of "Visual Culture & Literacy: Art Appreciation from Multicultural Perspectives": 芸術鑑賞教育教科書のカバーページ完成!

1月の後半に出版会社に教科書カバー用のイメージを提出してから3ヶ月あまり、出版会社のデザイナー作成のカバーデザインを見せられること2回、どうしても納得できず、締切の迫る中、結局自分達(うちの芸術学部の同僚でいつもデザインを手伝ってくれるエレンと)で作ることにした。結果がこれ(見開き:右半分がフロント、背表紙部分が真ん中、そして左半分がバックカバーになります)。

出版会社の指定する(版権の問題があるので)イメージサイトから使用する可能性のあるイメージを選び出し、それでいくつかカバーデザインのパターンを3つ程。各イメージとともに、使用したビジュアルの情報をすべて書き出して、出版会社へ提出し、許可を待つ事に。

オーライが出たところで、高解析度のヴィジュアルを改めて送付してもらい、それで最終デザインを作成。これがその一品。かけた時間はたったの二日。信頼するデザイナーと一緒にやるとこうも時間が節約、そして好みの作品ができるのであーる。うれしい!

カバーデザインの私が課した条件は教科書の目的通り「Multicultural Perspectives」を表現すること。つまりカバーデザインに使われるヴィジュアルイメージは「1. Past-Present」, 「2. Western & Non-Western」, 「3. Diverse Media」を象徴していること。なのですが、、、出版会社のデザイナーの作ったデザインはどれもなぜか非常に日本的すぎる物ばかり。最初のは伝統的な墨絵(鯉)だったし、調整をお願いしできた2番目のデザインはなんとマンガ的な「芸者と女の子に龍と仏様」。うっ、、、涙。(ここで紹介できないのが残念ですが。)

出版会社のデザイナーをさしおいて「自分たちで作るというのは失礼」という気持ちがあったので、妥協するかどうか迷いましたが、、、自分達で作ってみて「あの時、妥協しなくて本当によかった。」というのが今の実感。

(*中身の方は5/20の締切に向けて猛ダッシュ中。これまた涙、、、)

Friday, May 6, 2011

A Report of Koi-art Project in Fukushima for USSEA column in NAEA Newsletter: NAEA ニュースレター記事「鯉アートプロジェクト報告」」

先日の福島訪問そして渡邊先生主催の「鯉アートプロジェクト」報告を米国美術教育協会(NAEA:National Art Education Association) の隔月新聞のコラム(USSEA:United States for Education through Art)に記載。下記ご参照の程。

A Therapeutic Koi-art Project for children in Fukushima, Japan

Masami Toku
USSEA Child Art Exhibit Director
California State University, Chico

(Figure 1: Koi Proejct for children who are evacuated from nuclear plant crisis in Fukushima)

One week after the tragedy happened in Japan, I sent out the following message to my colleagues in Chico, California on March 18, for the development of a fund-raising event.

“As you already might know, Japan (Tohoku region – North part) suffered a big earthquake (M9) and tsunami on March 11. More than 18,000 people passed away and are missing so far. Thank you so much for your many messages. All my family and relatives are living in the central and southern part of Japan and they are okay. But I have many friends around the area and am still waiting for contact from them since it happened ... Some of you might remember my friend, Prof. Koichi Watanabe who came to participate in the first cultural event of the Way of Asia in 2008 to organize his art show and give his talk. He is from the area, Fukushima, of the nuclear plant crisis. Since the earthquake, he has been having a tough time contacting survivors, and he will be finally able to evacuate from the Fukushima area after the final meeting on Saturday, 4/19. He is one example of what my Japanese colleagues are doing in response to the disaster. I would like to do something for them and to do so, I need your HELP.”

This is just one example of many fund-raising projects in the USA for those Japanese who suffered from the natural disasters of earthquake and tsunami. People could not believe that this happened in Japan, the country best prepared for those types of disaster due to their past experiences. But it happened, and more surprisingly, it was one of the worst disasters in Japanese history with more than 27,000 lost lives.

After the event, I flew to Japan to visit Fukushima and observe the art project by Koichi Watanabe, an artist and art educator, at Fukushima University, Japan. Watanabe was organizing an art project for those children who suffered and continue to suffer from the disaster. He calls it the “Koi-art project.” It was an urgent therapeutic art project.

There are two Koi projects: one is a collaborative project to make a gigantic Koi (carp), each scale created by an individual, then combined to make one Koi (see figure 1 above: a gigantic collaborative Koi displayed in the public gym that serves as a temporary shelter for those evacuated from Fukushima).

The other is a call for artwork from all over the world for a single small Koi created and designed by each individual such as children and adults including artists and educators for hope and support.

(See figure 2: Yoshiomo Nara, an artist, and college students in Fukushima University who checked the artworks from Switzerland, and figure 3: Toku is creating a Koi when she visited Fukushima University)

The purpose of the project was to heal children through a kind of therapeutic art project. The Koi (carp), is a symbol of strength and a metaphor of hope; the fish swim again the current and go beyond obstacles to survive and thrive in this world.

I visited Japan to observe the current situation and the project itself in Fukushima on April 24, 2011. I asked where the idea came from, and Watanabe responded that he felt the necessity to give those refugee children an art project to have them focus on making something more positive, rather than focusing on the nuclear power crisis and its invisible & endless fear. It was also helpful to make a colorful display in a colorless refugee area

(see figure 4 above: white cardboard spaces in a public city gym) and the town of Fukushima.
(see figure 5: the Koi(s) are displayed in town starting from the 1st of May)

The 5th of May is a national holiday called Children’s Day, and there is a custom to display a family of Koi wind socks, representing our (adults’) hopes for children to grow physically and mentally healthy. Watanabe, who himself has suffered from this tragic event in Fukushima, also hopes this project will encourage those children to persevere in this tragedy. The call for artwork still continues and we hope many Koi will come from the US as well.

Tuesday, May 3, 2011

A Report from 2011 NAEA conference by Prof. Maeshima: 前嶋先生のNAEA学会参加報告

以下「鬼の霍乱」でNAEAッ海に参加できなかった私の代わりに吉備国際大学の前嶋先生に学会参加の感想を書いてもらいました。ご参照の程。

「NAEA参加の感想ということになるとたくさんありますが、参加者が皆さん真剣で積極的なことでしょうか。
InSEAよりも「皆で話し合おう」という空気が強く感じられました。

個人的には、Teresaさんの教育要領の改訂に関する意見に大変興味を持ちました。音楽なども含めた統合的な芸術教育など、先進性とDBAEに基づいているであろう伝統、おそらくデューイにまで遡る知見に感化されました。これを聴けただけでもシアトルに行った価値がありました。
Teresaさんの著書か論文で読むべきものがあればご紹介下さい。

画材などの展示会場もはるかに広くてアメリカだなーと感じました。陶芸コーナーでは、日本人でシカゴで仕事をしている方ともお話し出来ました。

総合的な感想は、個々の研究の方向性も焦点の絞られたゴールの見える研究であることが感じられました。しかし客観性という意味では、美術教育である共通点でNAEAも日本的であるかとも感じました。この点は、私の勘違いかもしれません。」(5月2日)

「感想の追加をいたします。
会場の立地もよく、運営もとても気持良かったです。
朝早くから夜まで長い時間発表等が続き、充実した大会であると感じました。加えて何百もの応募があることを思うと美術教育が大切にされていることを実感出来ました。芸術に基づく教育は、つまり数学や物理学などの論理的思考を培う教科と対になる感念的思考を養う教科として位置づけられ、その意義も広く認識されているということでしょう。日本でも教育の両輪となる主要科目として位置づけられなければなりません。」(5月3日)

Sunday, May 1, 2011

2011 NAEA conference at Seattle:シアトルでのNAEA学会便り

NAEA (National Art Education Association:米国美術教育学会)に1995年より参加しはじめて、10年あまり。今回はじめての途中キャンセル。鬼の霍乱。予想外の出来事に、パネルディスカッションを2つ指揮することになっていた私は大慌て。結局、参加予定のパネラーの厚意と協力で無事ディスカッション終了との連絡を受け取ることができほっとしました。写真はその時のもので、参加してくださった吉備国際大学の前嶋先生から後で送っていただいたもの。感謝。

今回のリベンジ(もとい やり直し)というわけでもありませんが、この夏のInSEA (International Society for Education through Art)国際学会会場、ハンガリーのブタペストで、再チャレンジ。それまでには体調を万全に整えて、ヨーロッパに飛びたいと思います。

(この学会を口実に6月初めに、家族でドイツに飛び、そして東へ移動しながらブタペスト、そして南下して、イタリアからアメリカへ帰国するという一ヶ月の旅の予定。現在執筆中の「芸術鑑賞教育学」の教科書の資料収集の目的でもあります。そしてそして少女マンガ特別三人展示会と関連講演会をこの夏再び国際交流基金のサポートのもと、ヨーロッパでスタート。楽しみな夏はもうすぐ。それまで、、、がんばるぞい!)

Friday, June 4, 2010

美術教育関連NPO法人 CANVASの依頼原稿:米国の美術教育の現状について

美術教育関連NPO法人 CANVASの依頼を受けて米国の美術教育の現状について原稿を書くことになった。ちょうど学年末の忙しい時期に重なってしまったので、思ったより少々しんどい思いをしたけれど、書い進めていくうちにのってしまって、どのへんでまとめようか(止めようか)まよってしまった。思えば書く事は一杯あるなあと思いながら、このへんでというところで止めたので、少々消化不良気味の原稿になってしまった。それでも結構それなりにまとめられたのではないかと思う。いつものごとく、Informative(情報満載)な内容を目指しました。

<コラム シリーズ第2弾>海外の美術教育事情について

第3回アメリカ

(カリフォルニア州美術教育プログラムを元に) 

Saturday, April 17, 2010

2010 米国美術教育学会報告其の三 (4/13-4/18): 2011年度開催地シアトルでの展望

実はもう既に5月、というのにタイトルだけあげて、なかなか中身を更新できないでいるこのブログを少しつづ書き始めている。

さてちょっと逆になるが(先のボルチモアでのNAEA学会の報告を書いてから、来年のことを紹介するつもりだったので、、、)、先に来年シアトルで開催予定のNAEA (National Art Education Association)学会の紹介を先に。

西高東低ならぬ西低東高なのが、米国美術教育大学の現状。どういう意味かというと、中西部から東海岸の大学が美術教育が盛んで、西海岸は少し活気がない。西海岸に博士課程を持つ大学がないこともそれを裏付けている。(実はシアトルのあるワシントン大学やご存知アイスナー博士のいたスタンフォード大学には数年前まで、博士課程が存在していたが、かれの退職と共に、美術教育学部そのものがなくなってしまった。もともとスタンフォードはアイスナーの名前で持っているようなところがあって、学生も毎年一人しかとらなかったので、とても小さな学部だったことは確かだけど、、、)

ということで、何をいいたかったかというと、NAEAの学会が毎年開催される場所は中西部や東海岸がほとんどで、西海岸にやってくるのは7~10年に一度という状況。そういうことなので、来年西海岸へ、それもシアトルでの開催は初めてなので、今から私たち西海岸組はわくわくしているというわけ。それに伴って、いろいろなワークショップやシンポジウム開催のプランが動き始めている。

2010 米国美術教育学会報告其の二 (4/13-4/18): 「米国の悲劇日本の悲劇」

すご〜い何か物議をかもしだしそうなタイトルをつけてしまったけれど、言いたかったことはひとつ。美術教育の抱える基本的な問題は国を超えていっしょだけれど(つまり日米ともに)、それに対応する方向性が全く逆のような気がつくづくする。

今回ボルチモアのNAEAに参加してそれが特に強く今回は感じた。とちらかがよいというのではなく、実は両方とも問題である。

美術教育の対象テーマが米国の場合(もちろん他諸国もそれに追随している)拡大を続け、美術教育と他の学科との境界がますます希薄になってきている。それは昨今の美術/芸術そのものの定義の変化(拡大解釈)に伴うものであり、美術を米国ではすでに「Fine Art 」から「Visual Art」と呼ぶようになって久しいところからもわかる。つまり視覚的なものなら何でもありで、そこから昨今の美術教育のメインテーマであった「Visual Culture」に行き着くわけだが、それが対象テーマの拡大のみならず、テーマ哲学そのものの拡大にまで行き着いたのが、今回2010年度のテーマ「Social Justice」。これには賛美両論あるだろうな。きっと。

さてさて日本の問題は何か?正直日本の美術教育には所属していないので、あくまでも米国の立ち位置から俯瞰してみた私の個人的感想に過ぎないのだけれど、「美術教育にしかなしとげないもの」という部分に固執しすぎているような気がする。つまり米国の美術教育を「知性の発達に関わる教育」という風においてみたら、日本の美術教育がいまだ「感性の教育」にこだわっている点である。(そうでないと言われるかもしれないが、距離をおいてみてみるとそうとしか見えない。)もちろん理想は素晴らしい。米国の知性の教育である美術教育の最終ゴールもやはり実は感性を育てる教育が理想なのである。ではなぜ、米国はそれを言わないのか、答えは簡単。その感性が高められたかどうかを計る明確な手段/方法がないからである。感性が高まったかどうかを客観的にきちんと証明できることが可能かどうか、それにつきるのである。(見ればわかるでは誰も納得できないのである。)さて、日本はこれからどこへ行こうとしているのか?

2010 米国美術教育学会報告其の一 (4/13-4/18): 2010年度のテーマ考察「Social Justice」

今回のボルチモアの学会は2年振りの発表ということで、パネルディスカッションもあわせて、4つの発表があったので、実は他の発表を聞く機会がなかった。でも4つの発表の内、パネルが2つあり、結果そのパネラーの発表を聞くことができたので、良い経験をさせてもらった。

その他、ボルチモア滞在に関して言えば、今まで以上に楽しめた。当初はワシントンDCでの開催が予定されていたが、別の大きな学会と重なり、学会会場が確保できないということで、急遽近くのボルチモアでの開催となった。(なんでも800件以上の発表&ワークショップを開催し、5千人の参加者をまかなうということになると、そう簡単に代替場所は難しいらしい。納得。)結果よかったのである。ボルチモアがこんなに素敵な都市とは知らなかった。

写真は例の「Visionary Museum」に行く途中見かけたアメリカ国旗。ちょっとちがうのがわかりますか?そう星の数が少ないのですね。南北戦争前のもの。これを見た時、アメリカ史を知らない私でも、少々感慨深いものがありました。200年には200年の歴史があるのですね。

ということで、今回のブログのタイトル「Social Justice」。今年の学会テーマが「社会的公平さ/正義」とは、どうなっているの?もともと米国はこの国旗でもわかるように、もともと人間は弱く公平さに欠く存在であり、それだからこそ皆でそれを追求する必要があるという姿勢が社会の中に満ち満ちている国。特定の学科に限らず、ほとんどの学科でこのテーマに関する授業は行われているので、特別に驚くことは何もないのだけれど、あえて「美術教育」のテーマとして特定するにはやっぱり、おやと思わずにいられない。

このテーマをどの切り口からせめていくのか?

いずれにしろますます「作品制作」より「批評」の方にシフトしているのが、米国の美術教育であることは間違いないですね。それでいいのか?アメリカ?いいのか悪いのかについて、もしくはまたこれらの方法論について、これから侃々諤々、口角泡を飛ばし、ロープをはって(笑)、討論がすすむことにこれからしばらくはなるでしょう。

Friday, November 27, 2009

2009年度CAEA学会報告(11/13-11/15):ロスアンジェルスにて

(私の発表を手伝いしてくれたチコ校の学生達。学生達は各ワークショップの手伝いボランティア参加ということで参加費はもちろん無料。そして学会用に作られたTシャツがプレゼントされる。いろんなワークショップを手伝いながら学べ、さらに現場の先生方とのコネクションも作れるという一石二鳥の学会参加でもある。右から2番目と左下の写真は同僚のテリサ。)

2000年と2001年、カリフォルニアに移って来てから2年続けて参加の後、CAEA (California Art Education Association:カリフォルニア州美術教育協会)の学会から、久しく遠ざかっていたのだけど、久しぶりに参加することにした。理由は単純。今までこの時期ほとんどアメリカを離れていて、他のプロジェクトで他国をうろうろすることが多かったのだけど、昨年2008年度でようやく例の少女マンガプロジェクトも少し落ち着き、今年はチコの街にいたっていうのが理由なの。昨年より同僚のテリサが美術教育の学生をつれて学会参加。学生達に現場の先生方のワークショップに触れさせるという目的でがんばってくれていた。そんな彼女に敬意を評して、私も今年こそはその手助けをとロスアンジェルスと遠方ながら、今年は参加することにしたのた。

それにしても参加費が高いよ〜(なんと$300ドルもするの)。NAEA (National Art Education Association:米国美術教育協会)の学会の参加費は$100ドルくらいなのに、なぜ州の学会がそんなに高いの?と思っていたら、これにはワークショップ準備費用として各参加者に交付される$50も含まれているからなんだろうな、きっと。急にキャンセルが出たということで、追加ワークショップを公募していたので、思わず手をあげました。ワークショップ一つも2つも同じだわいと思ってだけど、テリサも同じ事を考えていたようで、追加ワークショップをしてました。

NAEA学会がワークショップというより、研究発表が中心であるのに比べて、この州の美術教育学会CAEAはワークショップ中心ということと。大学関係というより、現場の先生方が多く参加されていて、それぞれのカリキュラム紹介としていろいろなレッスンをワークショップを通して紹介している。ということで、私もヴィジュアルリテラシーレッスンとしての4コマアートプログラム並びに同展示会公募の紹介を、そしてテリサは美術教育における多文化主義ということで、幼稚園用レッスン、メキシコのYarn Painting (毛糸でお描き)のワークショップ。

Wednesday, November 4, 2009

カリフォルニア州立大チコ校での美術教育プログラム紹介:Art Education Program in CSU-Chico

もう一つのブログ、「TokuToku Journey」 を日常会話的なサイトで、この「Visual pop-culture」を私が関わったどちらかというと公式なイベントやプロジェクトの紹介や報告、そして出版物(論文やエッセイ)のお知らせブログという風に使い分けるつもりだったのですが、最近やはり少し混ざって来ているというのを感じます。両方にまたがるケースも多いので、やはりきっちり分けるというのは少し無理があるのかもしれません。

ということで、大学の美術教育コース関連の(日常の)出来事、特にどういう風に授業を展開しているのかの様子をここのブログに書いて行くことにしました。本来なら日常的なものなので、TokuTokuの方に書いた方がブログ立ち上げ当初の目的に叶っているのですが、大学のプログラムの紹介という意も含んでいるので、そうします。

手始めに、下記既にTokuTokuに書いた物で、大学美術教育関連の記事をここに移してみます。

CSU-Chico 芸術学部ファンドライジング展示会:Best of Best in ”10-10-20”Show (4/6/09 Updated)

博士号への長〜い道?:ArtEd Doctoral Thesis Paper in the U of I (University of Illinois at Urbana-Champaign) (3/26/09)


Thursday, September 3, 2009

NAEA出版の批評文(其の二):Globalization, Art, and Education

下記の黄緑色の文はそのブラブ(Blurb: 米国では本の裏表紙に宣伝文として印刷されることが多い)の本文です。実際の出版物にはこの文の中から抜粋したものが掲載されることになります。きっと。(他の章を担当されるのは、どういう方々がそれぞれの章の宣伝文を書かれているのか、今から楽しみ ^_^)

Globalization, Art, and Education

edited by Elizabeth Manley Delacruz, Alice Arnold, Ann Kuo, and Michael Parsons

Masami’s Blurb for

Section III: Global and Local Youth Cultures & Sites, and Online and On-Site School Practices with Young People

What kinds of visual culture influence global and local youth cultures? How does visual culture appear and transform the minds of youth and society?

No one doubts that youth are surrounded by visual culture: however, it does not mean that we know the mechanism of this cultural phenomenon. Our world, especially for young people, is no longer simple, but increasingly complex. The goings on of the youth world are invisible to most people, hidden beneath the many layers of the cyber world.

Delacruz introduces the third section of this book, which draws closer attention to global and local youth cultures and sites, and to the online and on-site educational practices of young people in different parts of the world. This chapter is indeed an informative showcase of diverse cultures from West to East based on research drawn from more than 20 countries. Ten authors, from graduate students to senior professors, from different cultures discuss questions and show examples of educational practices from their own cultural points of view of what is globalization in the youth world. Section III is definitely valuable and timely for today’s students, educators, and researchers to understand the global phenomenon of visual pop-culture and its implications for art education. This section is also a great communicative tool for us to predict the near future of global youth culture and society. —Masami Toku, Founder & Director, Shojo Manga Project, Professor of Art Education, California State University, Chico

*下記はその10本の論文のタイトルと執筆者。

Section III: Global and Local Youth Cultures & Sites, and Online and On-Site School Practices with Young People

1. The Global and the Local: The Hybridity of Children’s Culture, by Christine Marmé Thompson

2. Creating Parallel Global Cultures: The Art-Making of Fans in Fandom Communities, by Marjorie Cohee Manifold

3. Glocal New Femininity in Mediascape: Korean Teenage Girls’ Popular Cultural Practices, by Michelle S. Bae

4. Art Education and Cybermedia Spectacles in the Age of Globalization, by Sheng Kuan Chung

5. Facilitating Intercultural Competencies in Cyberspace, by Nancy S. Parks

6. Beyond Visual Literacy Competencies: Teaching and Learning Art with Technology in the Global Age, by Ching-Chiu Lin

7. Embracing a Predicament?: Folk, Applied, Avant-Garde, and Singapore School Art, by Koon Hwee Kan

8. Globalization and Art Education in South Korea: Changes and Complexity of Art Curriculum Research and Practice, by Jae Young Lee

9. A Social Constructivist Study of Metaphoric Portrait Drawings and Identity in a Barcelona Secondary School, by Mary Stokrocki, with Fernando Hernández, Magali Kivatinetz, Eneritz López, and Jordi Macián

10. The Kids’ Guernica Peace Mural Project: A Paradigm for Global Art Education, by Tom Anderson

*この3章での最後を飾る10本目の論文。日本でも著名な、ご存知フロリダ大のアンダーソン博士が阿部先生と始められたゲルニカ壁画プロジェクトについて考察されています。来年2010年で15年を迎えられるのだそうです。「継続は力なり」日本で始まったこの平和を願うコラボの壁画プロジェクト。感慨深いです。私自身、読ませていただき胸にジーンとくるものがありました。


Wednesday, August 26, 2009

NAEA出版の批評文(其の一):Globalization, Art, and Education

今年の6月、ちょうど日本に帰国してアマミーナプロジェクトの準備中、NAEA (National Art Education Association) の出版部マネージャ(Manager, NAEA PublicationsLynn Ezellから一通のメールが届いた。イリノイ大の恩師であるベッティー デラクルーズ博士(Dr. Betsy Delacruz) の編集する本「Globalization, Art, and Education (Elizabeth Manley Delacruz, Alice Arnold, Ann Kuo, and Michael Parsons 編集)」の批評を書いてほしいというもの。4章からなる大作である。

各章をそれぞれの批評者がおり、私は3章「Section III: Global and Local Youth Cultures & Sites, and Online and On-Site School Practices with Young People(研究論文10本)」の担当とのこと。

そういえば、昨年春当の本人ベッティーから公募のお誘いを受けていたような、2008年夏は別件で忙しく結局公募に参加できなかった記憶が、、、論文の代わりに批評文をということかしら?と思いながら、担当の第三章の主題タイトルを見ると「子ども文化におけるローカル化とグローバリゼーション」についての論文集のよう。現在子ども社会&文化に影響のあるヴィジュアルカルチャー(特にマンガね)について主に論文を書いているということで、どうも私に白羽の矢がたったみたい。

メールには、招待を受けてくれるかどうかの返事と、出来る場合は、7/26までにメールにて文を送付してほしいと書いてある。

う〜7/26と言えば、アマミーナプロジェクトの一つ「少女マンガ特別三人展」の最終日、それにその後の東京での4コマアート展示会の準備も引き続きあるし、とても無理 (>_<,,,)。「名誉なことなので、お引き受けしたいのは山々だけど、、」、という風に事情を説明する返答をすぐに送付。すると私のスケジュールに同情してくれたのか、8月初旬まで待ってくれるとのメールがすぐに飛び込んで来た。うっこれは断れない。ということで、引き受けることに。結局日本では書ききれずに、さらに猶予をいただいて、チコの街に帰って来てから、やっと先日書き終えました。

下記のその私の書いた「Blurb(本の宣伝文)」。先にMichael Bitz 博士の本の宣伝文(「Manga High!」 ハーバード大学出版)を書かせてもらったことがありましたが、これが二回目の経験になります。今回は10本の論文を読む事になったので、前回より少し大変でした。が、現在美術教育の中で話題になっているグローバリザーションについての各国の視点での考察を読み比べることができたのはラッキーでした。(それにしてもこれらの執筆者の多くが世界の子ども社会&文化に日本のマンガの影響について語っているのに、、、あーそれなのにそれなのに、その肝心の日本からの執筆がなかったのはかえすがえすも残念。ベッツィーのお誘いの意味がようやく理解できました。貢献できなくて、ごめんなさーい。この次はきっと書きます。)


Friday, April 24, 2009

2009 NAEA報告 其の3 総括: A report from 2009 NAEA Part 3 (Abstract)


今回のNAEAでまず気付いたこと、カタログがシンプルで薄くなったという事。昨年日本に滞在していたため、参加していないので、昨年をのぞく今までのものとの比較ということになるけれど、紙質がグロスの高級感で派手なものから、普通の紙質に代わり、カラーの多色刷りから白黒ではなかったものの、限定カラーになっていた。また少し薄くなっていた感じがする。

発表の数は例年通り、千件を超えるはずだから、発表件数とかの理由ではなさそう。これはたぶん現在の経済市場の圧迫を反映して、広告を出していたスポンサーが減ったからではないだろうか?想像の域を超えない私見に過ぎないけれど。

さて学会の中身である。いつものようにNAEA学会は、発表目的や聴衆対象の種類を指定して公募申請するようになっている。公募締め切りは通常学会の9〜10ヶ月以上前の6月中旬から7月上旬。その結果の発表なので、カタログもその分類毎に整理されていて、多くの発表の中から、選びやすいようになっている。(一般発表は25分と50分の2種類で、同じ時間帯に20以上の発表が重なるのである。)

例えば発表目的別の分類では、「Research(進行中の研究発表)」「 Museum Education(美術館教育)」「Technology (テクノロジー)」「Curriculum & Instruction(カリキュラム&指導方法)」等々という風に。またNAEAの関連組織である特別テーマグループもそれぞれ発表枠を持っていて、そこに提出された公募の中からも選ばれている。例えば私の所属する「USSEA (United State for Education through Art)」とか、「Women's Caucus(女性問題)」とかね。あっそうそう日本では美術教育のテーマの範疇には絶対に入りそうにない「Lesbian/Gay/Bisexual/Transgendered Issues Caucus」というグループも米国では存在します。そして対象学年毎の 分類では、もちろん 「Elementary(小学校関連)」「Middle(中学校)」「Secondary(高校)」「Higher Education (大学)」等々。

また毎日「特別発表(招待発表」)や「General Session(美術教育全般や現在今最もホットなテーマを全体で討議)」も開催。まともに回ろうとすると、ぐったりするので、自分の行きたいものを厳選して行く事にしている。

またいつも開場内で開かれている、美術(教育)関連会社(材料関係)の出店で、フリーのサンプルをもらうのも楽しみ。何せ百件以上の会社がボールルーム(ダンスホール)一杯のスペースに広がっているので、回るだけで、結構時間がかかる。が楽しい時間でもある。いつもは発表準備に時間をとられてほとんど行くことができない私も今回ばかりは、時間を取ってゆっくりと回った。一回りすることには、もらった宣伝用のバックが一杯になりました。今回のお気に入りのサンプルはNAEAから貰ったゴッホのフィギュアー(写真)。息子に持っていったがいらないと言われたので、オフィスに飾っておく事にする(笑)

さて肝心なこと、今年の学会の特徴はどうだったかである。毎年カタログに掲載されている公募に通った発表テーマをざっと眺めて、今年の美術教育の傾向をはかることができる。今年も例年同様「Visual Culture」がまだいきおいを持続している。(私もこれに関するテーマで発表を続けているので、ちょっとホッと)それに加えてメディア&デジタル関係やリテラシー関係の発表が特に今年は多いような気がする。それにである「Re」と単語の前につく、今までの理論等の再考的なものが、発表内容の中に多いのを感じた。そして美術教育以外の分野(特に経済や世界で話題になっている)「Globalization(グローバル化/国際化)」や「Sustainability(環境保護&維持活動)」のようなテーマなど、美術教育の中でどのように位置づけるのかの討論が今まで以上に活発になってきているのを感じる。まさに「Interdisciplinary (越境:各分野を超えて)」の時代。ますますそれぞれの分野のボーダーラインが薄くなり、米国の美術教育は何でもありの時代の到来。ここ5〜6年特にそれを強く感じる。

また「Cultural Diversity(文化の多様性)」と称し、1980年代以降の「Multiculturalism(多種文化主義)」関連のテーマは今だもって健在である。しかししかしである。それが特定の国の文化や教育システムの紹介、つまり特定の国の名前が発表タイトルについた場合(例えば台湾とか中国とかね)、観客の数が極端に少ないのが気になった。例え、その発表者が米国で著名は人たちであってもである。これは何を意味しているのだろう。穿った見方をすれば、米国では文化の多様性とは実は表面上の言葉だけで、誰も実際には、他国それぞれの美術教育の傾向や特徴には興味を持っていないということなのかもしれない。もしそうだとすればそれは実に悲しい。

現在アジアからの参加者もかなりの数があり、聞いた話しによると韓国から米国に滞在している留学生や大学教員関係は20人を超えるそうである。また台湾は例年より少ないと前置きしながらもやはり20人を超えるとのこと。その他、香港、マレーシア、シンガポールなどなど。さて日本からはというと私一人(といっても私は米国出身になるので、実質的には米国とカウントされるかも)。それはさておき、アジアを中心にした特別テーマグループを作ろうという動きが出て来ている。それが現実になればとてもうれしい。たぶん参加者は最初は少ないだろうが、はじめの一歩が肝心なので、まずは始めようというところだろう。もちろん私もその創始者メンバーの一人になる予定である。

来年2010年の開催地は首都ワシントンDCの近く、東海岸のボルティモア (4/14-18, 2010 - Baltimore, Maryland)、それに参加は難しいとしても、その翌年2011年のシアトル(3/18-21, 2011 - Seattle, Washington)での開催には、たくさんの日本からの参加者を期待している。

Thursday, April 23, 2009

2009 NAEA報告 其の2: A report from 2009 NAEA Part 2 (Special symposia & sessions)


NAEA報告Part2では、学会中のスナップショットの紹介。左は学会会場(Convention Center)近くのオーケストラーホール。壁中に指揮者の巨大な壁画的写真が、、、
下記ミネアポリスでのNAEA学会での一こま。(写真サイトにはここをクリック!)

下記写真中、上段左から
1. Prom (プロム、Promenadeの略で、高校の卒業記念ダンスパーティ):友人と学会会場近く(ダウンタウン)で食事中、見かけた光景。高校生のドレスアップした様子。しかし片手で煙草スバスバ。親が見たらどう思うだろう。泣くなきっと、、、
2.Walker Museumの中、半地下洋服置き場&トイレへ行く途中の壁中が村上隆のアートでした。ちょっと驚き。ここではAlternative Modernism(もうひとつのモダニズム)と称して、日本の「具象(Gusho)」も紹介していましたよ。
3.その美術館から外をのぞいた風景。
4.その美術館に隣接する彫刻庭園。ちょうどオーデンバークの巨大なスプーンアートの上に乗っかっているはずのさくらんぼが現在掃除中とかで、外されていました。きれいになってもどってくるのはいつなのでしょう。

中段左から
5.ジム(左)のミネソタ大学の退官した教授、マギーを囲んでの夕食会。ここの写真右にも見えるようにオハイオ州立大のエフランド博士など著名な人々も参加。この後トム アンダーソン博士も来ていましたね。
6.NAEA学会では、期間中特別テーマグループ(Special issue)の昼食会も開催される。これは私の所属するUSSEA (United State for Education through Art) グループで、その国際版であるInSEA (International Society for Education through Art)関係の人々も参加。ここで私は10分程、昨年夏の大阪でのInSEAの参加報告をしました。
7.アイスナー博士と一緒に。
8.USSEAの昼食会の後、北イリノイ大学のDr. Kerry Freedmanと Dr. Douglas Boughton(元インシアプレジデント)。数ヶ月前に足をひねったとかで、車いすでの参加(>_<,,,)。 Kerryは現在米国の美術教育界の女性のリーダー的存在。いい論文をたくさん出しています。「Visual Culture」の先駆者でも。

下段左から
9.写真中左からイリノイ大学のDr. Betsy Delacruzと北イリノイ大学のDr. Debbie Smith-Shank 。う〜ん。仲良しとは知らなかった。Betsy はイリノイ大での私のアドバイザーの一人でもあった人で、美術教育の他女性学も。DebbieはVisual Culture. 彼女の編集する本にブレンドウィルソンと一緒に論文を出したこともありました。
10. USSEA昼食会では恒例の賞の授賞式も同時に開催。写真は今年サービス賞を受賞したアリスアーノルドと選考委員長のPatti。二人ともイリノイ大学の先輩。アリスは昨年の大阪のインシアの英文概要の校正を手伝ったくれた。感謝。
11.同昼食会にて。International Ziegfeld賞を受賞したDr. Anna Kindler。University of British Columbia (UBC)の教授。著書多数。その中でも発達論が著名。副学長でもある。(私も昨年2008年度でこの賞を受賞させてもらいました。幸運でした。)
12.USSEA のプレジデント、Dr. Allan Richard。手前左にUBCのDr. Kit Grauer が見える(元インシアのプレジデント)。







Wednesday, April 22, 2009

2009 NAEA報告 其の1: A report from 2009 NAEA Part 1 (Dr. Eisner & Stanford colleagues)




4/17~4/21までの5日間、ミネソタ州のミネアポリスでのNAEA学会が開催された。毎年全米(世界中?)から約3千とも5千とも言われる美術教育並びに美術館教育関係の人々が集まり、約千件の発表、シンポジウム、ワークショップが開催された。

上記のビデオは、2009年度NAEA (National Art Education Association:米国美術教育協会)、Dr. Eisnerの小講演。学会誌でもある「Studies in Art Education」の50周年記念としての特別セッションのひとこま。10年毎の歴代の編集者(通常2年毎に交代)のその時代時代の特徴や変遷を語ってもらうというもの。シリーズでセッションがあり、アイスナー博士は一番最初の10年、1950年代のところでの参加。ここ数年体調が思わしくなく海外での講演はほとんどキャンセル状態だったアイスナー博士。国内での講演でも体調が悪いのは明らかで、いつものきれのよい話しからはここ4、5年程、遠のいているように感じられていた。今回の参加も学会誌の50周年記念という特別なものでもない限り、出ては来られなかったのではないだろうか。

正直二百人ほどの聴衆で一杯の中、大丈夫かと心配する人も少なからずいたのではないかと思う。私もその一人。でもさすが、、、である。確かに質問に対して、少し沈黙の後、間をおいて語り始めるものの、話し始めたら、すらすらと明晰な話し振りは健在。特に理論を話した後、必ず 「For example ,,,」と具体例を示す、アイスナー博士の論調はやはり見事。理論とそれに関する実践例が見事に頭の引き出しにまとめられているのだと思う。このビデオの中で彼はアシスタントプロフェッサーになりたての一人からの質問「大学側が求める研究をすべきなのか、それとも回りの反応には関係なく自分のしたい研究をやるべきか?」に対して「Both (両方を考慮すべき)」と答えた後、いろいろな例をもとに話しを続けた。ちなみにこのセッションの司会はオハイオ州立大学のエフランド博士。彼もやはり美術教育界の重鎮。(私は個人的にはアイスナー博士よりもこのエフランド博士の論文の方が好きかもしれない。授業の中でよく使わせてもらっている。)

お二人とも昨年夏の大阪のInSEA世界大会には体調不調でいらっしゃれなかった。日本の先生方がお二人の講演を聞く機会を得られなかったことはやはり残念。NAEAは米国の学会だけれど、世界で一番大きな美術教育関連の学会で、毎年3月か4月に開催される学会では、彼らも含め、世界中から優れた方々が基調講演やセッションを行うので、機会があれば日本の先生方にもぜひお出でいただきたいと思う。(このビデオ部分の翻訳はまた近い内にブログの紹介したいと思います。しばしお待ちを ^_^。。。)

また学会中の他の情報については続けてブログ内で紹介しますね。
*写真サイト右上「Slideshow」をクリックするとスライドショーがスタートしますよ。

以下余談です。下記の写真は私の美術教育の同僚、カリフォルニア州立大学チコ校のテリサ(Dr. Teresa Cotner:写真後ろ側右) と彼女の出身校スタンフォード時代の皆同僚達。テリサの左側は現在ミネソタ大で美術教育学部(ここは博士課程も存在する研究母体の州立大学)で教鞭をとるジム。C&I (Curriculum & Instruction)が専門で、研究テーマはネィティブアメリカン関連。前列左はそのジムの奥さんマージョリ(と娘のジェーン)。同スタンフォード大で地球科学で博士号を持ち、現在ミネソタ科学博物館勤務。つづけてミスティとこどもたち(ゲイリとライラ)。彼女は確かバイオロジー専門で、やはり現在ミネソタ大の助教授。右端はミスティのご主人の学(がく。日系アメリカ人)。やはりスタンフォード大で博士号を持つ(専攻は失念)。現在は働く奥さんに代わって彼が二人の子育てをしている家庭の主夫。(そういえばうちの旦那さんもチコに移って来た当初はそうでした。私が大学に勤務し始めの頃、彼は専攻を「英語修辞学」から「環境科学」に変更して大学院に入りなおし、学生と主夫の二足のわらじをはいてくれていましたね。米国では結構よくあるパターンかもしれない。)

実はアイスナー博士が指導していたスタンフォード大学 (Stanford University)の美術教育は実はとても小さいプログラム。美術教育専任の教授はアイスナー博士ただ一人。博士課程の学生も一年に一人しか入れないという規模。しかし美術教育ブログラムも芸術ではなく、教育学部に所属し、また教育学部自体も比較的小さいせいで、例えば、美術や科学という専門学科を超えて皆とても仲がよい。イリノイ大学 (University of Illinois at Urbana-Champaign)という大きな美術教育学部の中で学位をとった私はその恩恵も十分受けてはいるが、その分友人関係はやはり美術教育に偏っているので、テリサのような学科を超えた友人関係はやはりうらやましい。話しをもどして、アイスナー博士が数年前に退官された後、スタンフォード大では結局後任をとらず、美術教育ブログラムの博士課程はそのまま閉鎖となってしまった。とても残念 (>_<,,,)。

今回のミネアポリスの学会では、テリサとホテルで2泊した後、ジムとマージョリの家に2泊させてもらった。その間皆で私たちの歓迎夕食会を開いてくれた。下記の写真はその時のもの。いつもは自分の発表原稿の準備に追われてホテルに缶詰の学会参加が常なのだが、今回はテリサの友人達のおかげでとても良い時間を過ごさせてもらった。感謝 (^_^)


Sunday, March 29, 2009

美術教育&教員養成プログラム紹介(其の2): Art Education & Credential Progras in CSU-Chico


*左記「2009-2011年度版」カタログ。
(2009年秋の新学期からはこのカタログが採用されることになる。)

1. 教員養成プログラム(美術教育単科の場合:K-12th G. 幼稚園から高校までの美術教育の資格)
*すべての義務教育期間(カリフォルニア州では幼稚園から高校まで)で教えることができる資格だが、実際には高校教師になる場合がほとんど。そうなんです。州によって異なるものの、米国では義務教育が長い。なぜ義務教育期間が長いのか、国がそこまでそうせざるを得ないというのが理由だけれど、詳細についてはまた今度。

左記3/28付けのブログでカリフォルニア州立大学チコ校における、美術教育と教員養成プログラムの一般概要をざっと説明したが、今回美術教育単科の教員養成を中心にもっと詳細について紹介したい。


カリフォルニア州の場合、教職は、専門の知識(理論と実践教育)は学士である4年のうちに終了し、その後教職プログラムでは、科目共通の教育理論と実践に特化して教育するのが教職プログラム(Credential Program)。専攻がどの科目(例えば数学とか美術)かにかかわらず、このコース内容は共通であり、教員実習コースのみそれぞれの科目の元に実習に行く事になる。

上記のSingle Subject Credential Requirements (Block System) をクリックして内容を見てみると、この教員養成プログラム(単科)は3つのブロックに別れているのがわかる。ひとつは本プログラムに入る前に必須の Block 1 courses (Prerequisite)というもの、つまり前もってとっておかなければいけない必須のコースワークで13単位ある。そして Block 2 courses (Credential Program)といわれる、教職のための本科プログラムで、実際に教員養成のプログラムはこの部分で、教員実習(2種類:Practicum I の6単位と Practicum II の9単位)もこの中に組み込まれていて、この本科部分でだけで、29単位、約1年のコースである。そしてその他に Floater courses と言われるコース類で18単位。本プログラムに入る前、入っている間、その後、いつでも好きな時にとってよい時期を選ばないコース群があり、これらの内のいくつかはGE (General Education:一般教養)と重複しているコースや外国語のように、高校時代にとっていて、その単位をここに入れることができる場合もある。何れにしろ、本プログラムのコースワークにプラスして、その前後の必須コースを加えると、ほとんどの場合、完全に終了するのに約2年かかる計算になり、これからもわかるように、カリフォルニア州における教員養成プログラムは大学院レベルのプログラムであることがわかる。

2. 教員養成プログラムその他:

*Single Subject Credential Program その他:この他単科の教員資格コースの他に、Supplementary Program というのも設けられていて、専門の科目以外にも興味のある科目がある場合、プラスその科目専門で決められているコース20単位をとれば、その追加科目も教えることができるというものである。

*Multiple Subject Credential Program その他: また小学校の教員養成の場合、もちろん全科目を教えるわけである。が、その中で特に専攻を特化したい場合は、Concentration というプログラムも補足として存在する。例えば美術を特に専門としたい場合は、「Concentration in Visual Art」というプログラムを追加で取り、そのプログラムが選定するコースを余分に12−15単位取る事により、美術の専門教師としてK−12G (幼稚園から中学2年まで)指導することができるというものである。

良い教師を養成するという目的とともに、また彼ら彼女らにとっても魅力的なプログラム(つまりいろいろは付加価値のあるチョイスがあるという意味で)になるよう、構成されている(よう努力している、、、)。ただこれらのプログラムもCCTC (California Commission Teacher Crendentialing)のスタンダード更新に連動しているので、常に更新変化せざるを得ないのが少々つらいところである。(正直美術教育教員養成アドバイザーをしている私にとって、この変化の早さに少々ついていけない時がある。もう少し市場原理に一喜一憂しないで、真に教員養成の質だけを考えて中長期でゴールを決めてほしいと思うのが本音である。とにかく変化が早い。)

Friday, March 27, 2009

美術教育プログラム&教員養成プログラム紹介(其の1): Art Education & Credential Progras in California State University, Chico




カリフォルニア州立大学チコ校での美術教育プログラム並びに教員養成プログラムの紹介を。

*左現在使用中 「2007 −2009」 の大学カタログ(各専門分野の必要単位や概要などすべて明記。2年毎に更新される。この2009年の新学期、秋学期、からは新しいカタログ「2009−2011」が使用されることになる。)
*美術教育プログラム(2007-2009)(カタログ中に記載されている美術教育プログラムのコース内容。これも2009年秋より新規のものに変更される。)

1. 美術教育プログラム(美術教育学士)*2009年春現在
*Clearance Form (2009年春現在、各生徒毎に作られるデーター表): Bachelor of Art: Art Education Option at California State University, Chico (芸術学学士:美術教育専攻)

基本的にすべての学士取得の卒業最低必須単位(計120単位):

美術教育学士号取得プログラムの場合:一般教養コース(計60単位)+美術教育専攻コース(計60単位)

2. 教員養成プログラム:

カリフォルニア州の場合、教員養成ブログラムは修士レベル、つまり専門の学士を取得した後に、それぞれの専門のアドバイザー (*Advisor of Single Subject: ちなみに私は美術教育教員養成アドバイザー) に査定してもらい、教育学部(Education Department) に所属する教員養成プログラム(Credential Program) に*申請書類を申請し、そこでまた審査を受けてプログラムに入り必要なコースワークと教育実習を行うことになる。ユニークなのは、専門領域の教育実習以外は、専門学科に限らず、教員養成ブログラムのすべての学生(先生の卵)たちは一緒に教育関連の理論コースを学ぶことになる。

教員養成プログラムには小学校の教員養成プログラム(Multiple Subject)中学高校の専攻科プログラム (Single Subject)の2種類がある。(その他いろいろ関連プログラムがあるが、ちょっと複雑なので、ここでは上記の2種類のみ紹介。)2学期(計1年)に及ぶ教育実習を含む1〜2年のコースワークを終了後、晴れて Credential Program 終了の認可 (Certificate) をもらうことになる。


これらのコース内容&資格条件等はそれぞれの学科のスタンダード同様、州の教育省、CCTC (California Commission on Teacher Credentialing) の管理指導の元にあり、社会のニーズに従い、定期的に更新を迫られることになる。また大学のそれぞれの専門学部のプログラム内容もスタンダード更新(また教員養成ブログラム)に伴い、常に更新を迫られることになる。(だいたい10年毎)現在その美術教育プログラムの更新作業&CCTC認定に向けての真っ最中。その更新作業、そして更新プログラムが査定され、最終的に認可をもらうまでが、時間のかかるしんどい作業の涙涙の毎日。2005年に作業を始め、すでに4年、、、いつになったら認可がおりるのでしょう。その詳細についてはまたの機会に。

ここカリフォルニアでも日本と同様、教員養成プログラムを終了し、その後教員になるわけだが、実際の就職方法が日本とはかなり異なっている。各地域毎の教員採用試験を受け、その結果で採用され、また4月に一斉に新教員としてのスタートをするわけではない。すべて公募である。つまり誰かが退職でもしない限り、教員のポジションはない。常に情報収集をし、新聞等の公募情報をもとに、必要書類を申請し、面接、そして採用というプロセスを踏む。日本以上にいばらの道である。

Thursday, March 26, 2009

博士論文の内容構成:the Content of Doctral Thesis in 1998


(Photo) 写真は1/24(or 25)98、イリノイ大学美術教育学部の会議室にて、thesis defenseを終え、委員会長で私のアドバイザーでもあるTinaから「Congratulations Dr. Toku ^_^」と笑顔で告げられ、委員会の皆と一緒に写真を。私は出産をまじかでひかえて、顔も体もふくれあがっている情けない状態です >_<,,,(写真左から幼児教育&発達論のDr. Daniel Walsh, Curriculum & Instruction <> 私と2日後に生まれる海 in my tammy、美術教育のDr. Tina Thomson <>, 音楽教育斗質的研究のDr. Liora Bresler, Curriculum Instruction <>, & 評価学&量的研究のDr. Lizanne DeStefano, Quantitative & Evaluative Research Methodologies <> )

博士論文の内容構成はその専門領域によって異なるのは当然だと思う。私がもと所属していた分野、農業化学専攻の友人に言わせると結果がすべてで、プロセスがどんなに素晴らしくても結果がともなわないと何の意味もなさないそうで、そういう理屈で、卒論も素晴らしい研究結果を持つ物であれば、結果だけの証明、極端によると「結果を示す公式だけでもいいんだよね。」と豪語していたものである。さすがに教育関連ではそういうことはなく、教育を含む人文関係の研究は結果より、むしろ結果に至る(結果を導く)までのプロセスの方がむしろ重要であるらしい。研究プロセスつまり結果を導き出す方法の妥当性を問われる。つまりどんなに素晴らしい結論、そして解釈をしようと、それに伴う方法論が妥当でない場合、それによって導き出された結論は、当然信憑性を失うことになる。

私の場合でも、最後の関門、ディフェンス(Defense:学位審査の試問)で、卒論審査委員会の教授陣につっこまれたのもそこである。どうして君はたくさんある方法論の中であえてその方法論を選択したのか?その方法論は君の研究テーマにとって最も妥当なものなのかどうか?等々、、、約1時間程論文の最終発表をした後、待ってましたかのように、つっこんだ質問があちこちから、どうにか息もたえだえに回答していた私に出された最後の質問がこれだった。「Is this methodology really relevant?(この方法は本当に妥当なの?)」「What made you say that? (どうしてそういいきれるのか?)」

下記 APA (America Psychology Association)様式と言われる、論文書式に沿った卒論の内容です。(論文書式で3つが著名で、英語学など一般的な書式は MLA (Modern Language Association), 美術史などの Chicago Style、そしてこのAPA (エーピーエーと発音)style。これは統計等の数字データーを使用する研究論文に使用される書式で、教育学、心理学等もこれを使う。もちろん美術教育もこの書式を使うことを義務づけている。(ほとんど大学でこの書式は必須で指導している。)

これは出版前の、オリジナル原稿ですので、関連図(figures)、グラフ(Graph)、テーブル(Table)は挿入箇所を指定しているのみで、それらは別途、論文の最後にまとまめて付記してあります。が、ここではリンクしていません。完全版論文の出版物は大学のイリノイ大学大学院図書館に収められています。

(*参考にされる場合はご面倒でもご一報いただければうれしいです ^_^ < mtoku@csuchico.edu >)


論文を書いていた頃、先輩に言われたものです。「卒論のそれぞれの章を発展させて、また論文を書くのが卒業後の責任なんだって、、、」「えっ、ということは6つの全く異なる論文ですか?」

先輩すみません。あれから10年経ちましたが、論文の数だけはこなしましたが、内容はまだ6つの異なる研究とはとても言えないレベルです(というかこの忙しさの中、そんな多様な研究はほとんど不可能な気がします >_<,,,)。そういった先輩ご自身は本当にできたのでしょうか?

論文を書いていた頃は苦しかったけれど、同時に今思い起こせば、一番楽しかった時かもしれません。自分のことだけを考えて自分の研究論文に集中できましたもの。あの頃が無償に懐かしい今日この頃です。