Masami Toku on Flickr

MasamiToku. Get yours at bighugelabs.com/flickr
Showing posts with label 対話型鑑賞教育 (VTS). Show all posts
Showing posts with label 対話型鑑賞教育 (VTS). Show all posts

Sunday, February 22, 2009

全造アートMLへの投稿文(2/15/09):「対話型鑑賞教育」と「VTS」の関連 その1

下記川島先生の投稿へのコメントして投稿したものです (2/15/09)。

川島先生 皆様

私の名前が出ていたので、ちょっとびっくり。この私のブログ内のVTS記事のことは、まだほとんどの人には知らせてなく、自分自身で日本の美術教育界で普及しはじめたという「対話型鑑賞教育」と「VTS」の関連を確認してから、このMLでもお知らせしようと思っていたので、、、川島先生のメールに私のブログ記事が既に紹介されていたので、驚いている次第です。さすが早いですね。

ということで、ちょっと私のブログ内容だけでは、誤解があるといけないので、ここに補足させていただくことをお許しください。(長文かと思います。ごめんなさい >_<,,,, 興味のないかたはどうかとばしてください。)

実はこの1月、日本の学校を回っていて、よく耳にしたのが、この「対話型鑑賞教育」という言葉で、このMLでも先の北海道の山崎先生のご紹介のように、頻繁に耳にするようになりました。ざっと内容を聞いたかんじでは、ニューヨーク近代美術館の元美術教育主任であるヤノワイン氏が1990年代にはじめた VTS (Visual Thinking Strategy)と酷似していたので、これとアメリアさんという方が勧める VTC (Visual Thinking Curriculum)との違いを検討していたところです。

正直いって、米国の美術教育界では、ヤノワインはVTSの推進者としてとても有名人です(学校教育の中で彼は鑑賞教育推進のカリスマ的存在で、特に女性の先生の中で絶対的な人気で、米国で一番大きな美術教育学会「NAEA:National Art Education Association」で、彼の講演はいつも一杯でした)。が、アメリアさんのことは正直、少なくとも美術教育界の中では、あまり聞いたことがなかったので、なぜ日本で話題になるのか気になっていました。(日本での関連出版物を読んでいないので、私が無知なだけかもしれません。どうか失礼をお許しください。)

いろいろ調べていますが、今でもこの「VTS: Visual Thinking Strategy」と「VTC (Visual Thinking Curriculum)」の関係が私の中でもよく把握しきれていません。私が想像するに、たぶんヤノワインがNY近代美術館を離れた後、そのVTSを元に、もっとわかりやすく発展させたのが、VTCなのかとも思ったりします。間違っていたらご指摘願います。理論的背景として、VTSが美学者、アビュゲル ハウセンの「美学理論(5つの段階説)」を元に、鑑賞教育プログラムとして発展させたことは、周知の事実ですが、このVTCはハーバード大のプロジェクト0(ゼロ)とも関係しているようなので、ということは、あの超有名人、ハワード ガードナーの「Multiple Intelligence 理論」をバックにしているのかとも考えたりしています。どなたか回答して下さる方がいらっしゃれば、幸いです。もしくは近々日本にいらっしゃるアメリアさんご自身に聞いていただき、ご教示いただけるととても助かります。

実は、米国での鑑賞教育については、愛知教育大の藤江先生の依頼を受けて、だいぶ前(2001年?)に日本語でも原稿を書いたことがあります。この中で DBAE (Discipline-based Art Education: 現在では「Comprehensive Art Education」という名で普及)における鑑賞教育方法について、そしてVTSについても、具体的に解説してありますので、興味のある方は添付PDF原稿をご参照ください。いつか日本語原稿がある程度の数にまとまり、機会がありましたら一冊の本にしたいと思っています(^_^)。(*またVTSの長所と弱点を調べるために、統計でまとめたデーター論文も実はあります。これは院生の時のもので、英文しかありませんが、ご興味のある方はお送りします。お知らせください。)

最後に、今回日本の学校を回ってみて、皆さんが私のことを「まんがの研究」をしている人と誤解されているということを発見しました。少女マンガの巡回展示会をやったりしているのと、最近「Visual Pop-culture (視覚大衆文化)」というテーマで話す事が多いので、そう思われたかもしれませんが、私の研究テーマは元々、認知心理学関連で「こどもの描画に現れる認知と美学の発展の文化的比較」です(笑)。その比較の中で、特に空間を構築する際に、日本のこどもの表現方法が特異的で、その理由のひとつとして、米国の美術教育で今最もトレンドなテーマ「Visual Pop-Culture (視覚大衆文化)」の影響、つまり日本では、「マンガ」がその最たるものということで、ふかーいマンガの道に足を踏み込んでしまったわけです(>_<,,,)。

つまり、マンガが、こどもの認知や社会にどのような影響を与えているのか、と調べ始めて現在にいたっていますが、あくまでも発達に影響を与える理由のひとつとしての「マンガ」の特徴研究です。ということで、私の永遠の研究テーマは今でも「描画をもとにした認知発達比較論」で、私が実際に大学で指導しているのは、その研究に関連づけて、「美術教育カリキュラム理論と実践」と「鑑賞教育学」です。

すみませーん。どうでもよい話しなのですが(笑)、「まんが研究者」とレッテルを貼られるのは、少々不本意なのと(真のマンガ研究者に対して失礼なので)、ここに訂正させていただくことをどうかお許しください。本当にどうでも良い話しですね。長文大変失礼いたしました。

*下記、VTSの取材記事とそれにコメントを付けたブログです。(川島先生のメールを読む前に書きましたので、ちょっと前後していますが、そのままにしてあります。)

対話型鑑賞教育について(徳ブログ「Visual Pop-Culture」2/2原稿):http://visualpopculture.blogspot.com/search/label/対話型鑑賞教育%20%28VTS%29

*下記サイト、ヤノワインのVTS並びに執筆本紹介のサイトです。良い本です。ご参考まで。

VTS (Visual Thinking Strategies) ホームページ

フィリップ ヤノワイン (Philip Yenawine) の本紹介例 (Click here to access examples of Yenawine's publications!)

アメリア アレナス (Amelia Arenas) 情報 (Click here to access examples of Arenas' information!)

それではそれでは、お騒がせしました。

徳 雅美 拝

全造アートMLへの投稿文(2/16/09):「対話型鑑賞教育」と「VTS」の関連 その2

下記の文は川島先生へ返答の形で投稿した返答文です。

川島先生 皆様 (2/16/09)

いえいえ、よく私のブログからVTSの原稿を見つけ出されたなあと、むしろ感嘆の驚きです。ブログですので一般にオープンです。どうかご心配なく。(まだ更新途中ですので、見るたびに違うという事になるかもしれませんが ^_^)

先生の新たに見つけられたVTSのサイトですが、ざっと見た限り、これは東海岸のVTS普及グループの宣伝用情報かと思います。ヤノワインがはじめたVTSですが、米国各地(中西部から東部が中心)で啓蒙活動をされて、各地にそれぞれ中心になる学校(先生)がいらっしゃるようですね。このサイトに限って言えば、K−5thG(つまり幼稚園から5年生)まで、VTSを推進した結果、リテラシー教育にどのようにプラスの効果があったかをデータで示しています。VTSを使わないグループと、使った場合の2グループで、読み書き能力全国テストの結果でどちらが高い成績を収めたかと、VTSの効果を唱っています。

さて、これは鑑賞教育です。懸命なZenzo-artの皆さんは、ここで、鑑賞教育の意味あいが、米国(たぶん西洋全般?)と日本とかなり違うことに気付かれるのではないでしょうか。日本の場合(私が思うに)全てではないでしょうが、「鑑賞教育=感性教育」に少なくとも今までは、重きを置いていたのではないでしょうか。米国の場合、「鑑賞教育=リテラシー教育」、そして最後に「感性を高める方向に持って行ければ恩の時」という感じで、段階的に鑑賞教育のゴールを設定しています。

それでは、なぜ「鑑賞教育」が「感性教育」に直結しないのか?日本と米国社会の違いがあります。日本と異なり、多民族の米国では「感性」はそれぞれの所属する文化によって、異なって育まれるという前提があります。感性の発達は各自の美的経験(Aesthetic Experience)によって異なると、理論的に表現しますが、、、つまり各自の美的経験はそれぞれの属する文化や社会によって異なるのだから、多民族国家の米国では共通の感性を高める教育は理論的に無理であるということにつながりますね。

そしてなおかつ、ここが大切ですが、感性が高まったかどうかをどうやって客観的に計るのかということです。日本では経験でわかるとおっしゃるかもしれませんが、それは米国では通じないのですね。多民族を超えた共通の言語で明確に証明しなければいけません。先のVTSが、統計的に読み書き能力テストを使って、その効果を証明したようにです。

さて、対話型鑑賞教育のもどりますね。VTC (もしくはVTS)を日本で「対話型」と訳されていますが、そもそも米国では「対話型」が主流で、対話形式の方法論はVTC やVTSに限らず、数多く存在します。問題はその対話の方法論で、そこにVTSや VTCの価値があるのではないかと思います。(そういう意味でこのVTCをイコール「対話型」とするには、私はちょっとひっかかったのですね。でも他意はありませんので、失礼をどうかお許しください。その国の文化を見ながら翻訳していかなければいけないのは、よくわかりますので、日本ではその方が通りが良いという事でしょう、、^_^)

そこで、問題になるのが、では米国での通常の「対話型」というのはどういう方法論(内容)だったのかというところでしょう。ご存知(?)のように、米国ではNational Curriculumは存在せず、各州、もしくは各地域によって、教育の中身も異なってきます。が、不思議と、美術教育の中身を見る限り、日本以上に、理論的に統一された方法論で勧められていて、その中心になるのがやはり1980年代に全米に普及した学力に直結する美術教育=DBAE 理論(Discipline based art Education: Art-making, Art history, Criticism, and Aestheticsの4つの理念を常に考慮してカリキュラムを作成)です。その理念のひとつ「Criticism(直訳すると「批評」ですが、日本語的には「分析」とした方が通りがよいかもしれません)」のところで、活躍するのが「Elements of Art 」と「Principle of Design」というアートの基礎構成要素の概念であり、それでアートを分析する方法です。このアート言語を使ってアートを鑑賞/批評するという方法が、学校の中ではやはり(今でも)主流を占めているのですね。(もちろん私も使っています。)

それに異を唱えたのが、ヤノワインだったのです。そんな誰も本当は気にもしないような(大人が使う)アート言語で鑑賞するのではなく、もっと素直に何が見えるかを子ども達に問いかけることで 「What do you see in this picture?」、アートを鑑賞しようではないか。そしてそれに対してなぜそう見えるのか「Why do you see it?」を聞くのはやめよう。その答えは「I don’t know ...」にしかつながらない。そこで、会話は終わってしまうだろう。そのかわり「What made you say that?(何でそう見えたの)」と話しを続けて、子ども達の発見する喜び、そしてそれを言葉で表現することにより、コミュニケーション能力を高めていこうではないか、、、、とまあ、こんな感じですね。(*その彼の方法論の理論的バックになるのがアビゲルハウセンの美学理論の5つの段階説になります。)

等々、、、書き出すときりがないので、駄文はこのへんでやめにしときます。今後ブログでもこういった米国の(現場の)教育状況を少しづつお知らせしていきたいと思います。今回はこのようにMLで長々と書いてしまいましたこと、どうかお許しくださいね。

最後に、日本の美術教育を俯瞰していて、やはり外からいろんな方法論を持って来た時に、理論的説明というか、その国でなぜそのようなプロジェクトが生まれたのかの根本的なことがすっぽり抜けて、方法論だけが現場で流布しがちな気がします(私の感じですので、一つ一つについては本来はそうでないと思いますが、あくまでも米国と比較しての全体的印象ですので、間違っていたらごめんなさい。)

これもなぜかなああとつらつら考えるに、日本は単一民族(本当はそうでないですが)なので、そういった理論をぐちぐち言わなくても、言葉に出さなくても、みんなわかるはずという(無意識の)共通概念が存在するのではないかと思います。米国ではやはりそういうわけにはいかないので、やはり言葉で理論づける必要があるのですね。それは教科書にもよく現れているかと思います。

うっこれまた話しがながーくなりそうなので(米国の美術教育そのものの内容までさかのぼらなければいけなくなるので)、このへんでお開きに。

今後こういった長文で皆さんのご迷惑をおかけしないようにいたしますね。長文大変失礼いたしました (>_<,,,)。 カリフォルニア州立大学23キャンパス全体(約50万の学生がいます)で100ミリオン(約100億)の経費削減がありました。今年はさらにその上5%の削減です。州立とはいえ、大学運営も楽ではありません。大学全体の空気が重く、いつまでこの状態が続くのかと今後のことを考えると少し憂鬱です。それでも私たちは生きていかなければいけませんし、こどもたちの未来のために美術教育の存続をかけてがんばらなければ行けないのだと思う今日この頃です。 それではそれでは。 徳 雅美 拝 


From: Makio Kawashima
Date: Mon, 16 Feb 2009 21:23:18 +0900
Subject: [zenzo-art] 「対話型鑑賞教育」と「VTS」の関連

徳先生

いつもご指導、ご返事をありがとうございます。
私自身も、VTSを知りたくて検索していたとき、偶然に徳先生のブログを拝見しました。

皆様へご紹介前に、まず先生にご連絡をさしあげればよかったですね、お許し下さい。


これも、VTSの一部ですが、語学の壁であまり理解できませんでした。
http://www.vtshome.org/system/resources/0000/0057/VTS_Brochure_06_08.pdf

徳先生のブログやメールでの解説は、とても学識的で、わかりやすく感じました。
このMLの方も、徳先生のグローバルで多面的な情報に感謝していると思います。
今後とも、よろしくお願いします。

川島真紀雄
http://www.edogawaku.ed.jp/shinozakis/Appreciation.html

Monday, February 16, 2009

米国における鑑賞教育の在り方と実践事例 (2001)


*これは2001年にProf. Fujien依頼を受けて造形教育実践全集(日本教育センター出版)に掲載した鑑賞教育の事例研究報告で、DBAE と VTSの鑑賞教育方法の相違点を言及しようとしたものですが、、、うまく出来たかどうかは、皆さんのご判断におまかせします。

●学習題名
—米国における鑑賞教育の在り方と実践事例—
●執筆者名
徳 雅美
カリフォルニア州立大学チコ校
●学年、活動内容区分
中学1〜3年(7th〜9th grade)/鑑賞活動

●事例概略
 米国の学校教育における鑑賞教育の在り方を日本の鑑賞教育と比較し、また具体的にどのように鑑賞教育が行われているのかをDBAEと VTS理論の比較を通して検討していきたい。文化的背景の異なる米国における鑑賞教育ではあるが、その現状を検証することは、今後の日本における鑑賞教育の意義を再認識することにもなると信じている。

1 はじめに(米国における鑑賞教育の在り方)
 昨今、美術教育における鑑賞教育の重要性がさかんに語られ、また方法論においてもその可能性が言及されている。しかし、「鑑賞」という言葉のもつ多義性から鑑賞教育の定義が決定されていないのもまた事実である。美術教育における鑑賞教育とはいったいどういう教育なのであろうか。芸術を鑑賞する際に起きるであろう美的感性を高めるための教育なのか、芸術を理解するための知的能力を高めるための教育なのであろうか。またこの両義を含んでいるのか。

 「鑑賞」という言葉を英語に訳すと「アプリシエーション(Appreciation)」註1)となるようだが、その言葉の中には「鑑賞する(見て楽しむ)」という意味と同時に「考える」という意が含まれている。米国でいうところの鑑賞教育は「感じさせる」のではなく「考えさせる」教育ということができる。その語意を反映するかのように、現在米国において一般的に行われている鑑賞教育は、一言でいうとヴィジュアルリテラシー(Visual
Literacy) を高めるための教育であると言及できる。直訳すると「視覚読み書き能力」となるが、これには二つの定義がある。一つは芸術に接した時、その芸術作品を批評理解する能力註2)であり、視覚思考能力(Visual Thinking Ability)とも言い替えることができる。一つは芸術を鑑賞した時の嗜好の要因を自分の言葉で表わすことができる能力註3)である。第二ので定義については「なぜ私はこの作品が好きでこの作品は好きでないのか」を思考し、さらに自分の言葉で表現できる能力といえる。

2 米国の学校教育における鑑賞教育の事例

 具体的にどのような「鑑賞教育」が米国において、一般的に実施されているのだろうか。日本と異なり、国定の「学習指導要領」を元にしたカリキュラムなど存在しない米国において、一般的な「鑑賞教育」方法を指摘するのは至難といわざるをえない。が、米国において最も広く浸透している美術教育理論であるDBAE(ディーヴィーエーイーと発音)における鑑賞教育の捉え方と、実践において最近富に評価されているVTS(ヴィティーエスと発音)を比較することによって、米国における鑑賞教育の実態を紹介してみたい。

...... 続きはここをクリックして本文(PDF)へ!

Monday, February 2, 2009

Introduction to the Visual Thinking Strategies (1997)

*今日本の美術教育界では対話型鑑賞教育というのが話題になっているらしい。内容を聞いたりサイトを確認してつなげてみると、ニューヨーク近代美術館で美術教育主任として活躍していたヤノワイン氏が20年程前にはじめたVTS (Visual Thinking Strategy:視覚思考方法) プログラムと酷似している。

下記のインタビューは10年以上も前、そのヤノワイン氏が私の母校、イリノイ大学(アーバナ&シャンペーン校)に講師として、そのVTSの普及のため、大学美術館であるKranaert Museum (クラナート美術館:イリノイ州でシカゴにある シカゴ美術館の次に大きい、イリノイ第二の美術館)に入らしていたときのもの。ヤノワインを招聘した美術教育主任のリンダ デユークとの対話を私が翻訳したもの。(ちなみにその時私はまだ大学院の学生で、彼について一学期間、VTSのことを、勉強させてもらいました。その時VTSの効果について、統計処理をして分析した論文を彼に提出しました。労作だったのだけど、ちゃんと読んでくれたのかなあ???)

ということで、現在、日本で普及活動をされているアメリアさんの進めているのもこのVTSなのかな?それにしても、確かヤノワインも10年程前に、VTS普及のため、日本に来日した時にはどうもうまく行かなかったと風のうわさで聞いているのだけれど、、、それがどうして今日本で受けているのか、そしてそれがなぜヤノワインではなくて、アメリアさん(どうもヤノワインと一緒に仕事をした人みたいだけど)なのか、、、

そして日本では、ヤノワインのVTSの理論的根拠になったアビゲル ハウセンさんの美意識理論のことはあまり紹介されてなくて、対話型鑑賞方法としてその方法論だけが流れているのが気になる。私が思うにこれは「鑑賞」というよりは「 Literacy (読み書き能力並びに他の意見を聞く能力)」を高めるのに役立つというのがそもそものうたい文句だったはず。

思うに日本でこの方法論を採用するにあたって、なぜアメリカでこのVTSが生まれたのかをまず知る必要があるのではないか?それを理解しているのかどうかで、日本での普及の意味もかなり異なってくるはずである。米国において、VTSスタートの理由の一つは、現在でも米国で主流の(鑑賞)分析方法である、Elements of Arts (芸術の構成要素)や Principle of Design(デザイン理論)の用語を駆使しての鑑賞方法に異を唱えたのが始まりである。この話しは長くなるのでまた次の機会で、、、下記10年も前の翻訳なので、ちょっとと思うところはありますが、そのまま掲載しました。

*全文(PDF)はここをクリック!

Philip Yenawine & Linda Duke

速記:ジョンオール/翻訳:徳 雅美

カリフォルニア州立大学チーコ校

Linda: It's not based on an expert coming in, it's not based on any kind of access to fancy resources. It is something that can be done in any school.

VTSは誰か専門の人の指導に依るものではなく、特別な手段方法が必要でもありません。これはどの学校ででも簡単に実施できるものです。

Narration: The Visual Thinking Strategy curriculum provided a context for elementary school classroom teachers to help students find meaning in works of art. Art becomes the topic of facilitated discussions which stimulate thinking and the development of communication skills. This program is based on the research of psychologist Abigail Housen.

VTSカリキュラムは小学校の先生方へアートの意味を生徒たちに考えさせるための方法を紹介しています。アートは討論の良い題材であり、またコミュニケーション技術の発達を促します。VTSは心理学者であるアビゲルハウセンの研究を元にして作られています。

Philip: VTS (Visual Thinking Strategy) is really designed to reintegrate art into people's lives as it always has been through all of history. It teaches a process, a process of making discoveries on your own by using your observations and your capacity to draw on your memories, your associations, your experiences with the world to find certain kinds of meaning.

VTSは、かつて(歴史上)アートが我々の身近に存在していたように、再度アートを我々の生活の中に取り戻すようデザインされています。VTSはアートを良く観察することによって自分自身を発見する方法を教えてくれます。

Linda: One of the things that VTS does very well is to convey the idea that art makes us think, that it's about human experience.

VTSが良く機能している一つの理由は、それがアートを通して思考することの大切さを教えてくれるということです。思考するということは人間の存在理由でもあります。

Philip: We don't teach thinking really, very often, we teach at right answers. We teach information and skills. And there's a skill involved in this in terms of careful thinking. But careful thinking is a matter of speculating and occasionally being wrong. There's not a great thinker in the world who hasn't had a bad idea. But that's the way we grow.

我々は実際には(子ども達に)考えるということを教えていません。実は正しい答えを得るということだけを教えています。我々は情報と技術を教えています。技術を持つということの中には、注意深く思考するという意味を含んでいます。ところが注意深い思考であっても時には間違った答えを導き出すこともあります。間違った考えなど持たない偉大な哲学者存在しないのです。しかしまた間違うことにより我々はまた成長していくものなのです。

Linda: It is the nature of art that many different perspectives, points of view can be equally valid and the more of those that are shared and brought together by the group, the more in depth their understanding of the work.

アートというものは、多種多様な見方がありますが、各々の見方考え方を尊重し、さらにグループの中で考えを共有することによって、もっと深くアートを理解することができるようになります。

Philip: There are a number of elements in the strategy that make it work. One area is asking good questions.

VTSを如何に効率的に使うかにはいくつかの要素があります。一つは(子ども達の討論対話を導き出す)良い質問をすることです。

Linda: "What's going on in this picture?" is a very non-directive opening question, opens the floor for a wide range of responses.

「この絵の中には何が起こっていますか(何が見えますか)。」という質問は間接的な開かれた質問であり、多くの答えを導き出すことができます。

Philip: We don't ask them why, we ask them "what do you see that makes you say that?" because that keeps them rooted in the picture and the world we share, it makes them give concrete evidence of the thought that they've had and is a much less threatening question than "Why do you think that?"

我々は(子ども達の答えに対して)「なぜ(そう思うのか)」と問い返したりしません。そのかわり「(絵の中の)何を見てそう答えたの」と問い返すことによって、絵の中から直接自分の出した答えの理由(証拠)を見付け出させるようにしています。この問いかけは「なぜそう思うか。」に比べずっと楽にその答えを導き出すことができます。

Another very important aspect of managing the discussion has to do with linking answers. Hearing a variety of disparate points that one says, "Ah, we see a lot of different possibilities here," or at another time we say, "We seem to be agreeing about certain kinds of things," and pointing that out.

子ども達の討論対話をうまく操縦するもう一つの重要なポイントは、彼等の(全く関係のないように見える、または相反する)答えをうまく繋げてあげることです。(例えば)異なった意見に対して「この絵の見方にはいろんな可能性がありますね。」とか等々。


Philip: The attempt is to not judge an answer as silly, not judge it as irrelevant, not say a question is a bad one but to say, "everything is legitimate."

これらの子ども達との会話のやりとりは、くだらない答えとか、関連性のないものとか、ばかげた答えとかの判断を下すためのものではありません。「全ての答えに意義がある(間違った答えなどない)。」ということを子ども達に知らせる必要があります。

Linda: In some cases, I think children don't feel that they're bringing a lot to the table that's valued by adults. But VTS is very much about the wonder of what people can bring to a conversation with careful looking and thinking and sharing ideas.

時として、私は、子ども達自身が自分の考えはみんなの前でいうほど価値のあるものではないと卑下しているように見えることがあります。しかしVTSでは、他の人々がアートをどのように見、そして考えているかをお互いの対話を通して交換させることにより、彼等の探究心を満足させることができます。

Philip: Being able to tell stories is probably being able to participate in one of humankind's oldest traditions. It's probably very important to get kids to find their own stories in the world around them and to tell their own stories to help them understand themselves. But if we ask them using a work of art as a starting, place quite often we have something concrete that makes it so that they don't just have to invent, but that they anchor their stories somewhere in a real world, a world that we all can share.

物語りを語ることは、我々人間が昔からもっていた習慣の一つです。それは子ども達にとってもとても重要なことで、自分の物語りを創造し、それを語ることによって自分自身を理解することにも繋がるからです。しかしもし、子ども達が単に自分勝手な物語りを作るのではなく、アートを見ることによってそれから触発されて物語りを創造するのであれば、その物語りはそのアートを見ていた全ての人と共有するものであり、他の人々にとっても意味のあるものとなります。

Linda: The basic strategies are so simple. They can be learned quite easily, so that if a teacher doesn't happen to have a background in art, he or she quickly discovers that that needn't hold them back at all.

VTSの基本的な方法はとても簡単なものです。たとえ教師に美術(史)を学習した経験がなくても簡単に学ぶことができます。

Philip: What Housen's search has revealed is the richness of people's thinking when they are trying to find meaning in work of art.

ハウセンが研究調査によって何を発見したかと言うと、人々がアートの意味を見い出そうとする時、如何に豊かな発想をするのかということです。


Housen's theory is the basis for most of our decision making. She began a process 20 years ago that involves looking very closely at what people do when they look at works of art. This is what gives us the information we need to create teaching structures.

ハウセンの理論は我々のVTS作成の最も重要な元となっています。彼女は20年以上前から美術館にやってくる人々がアートにどのように反応するのかを良く観察しデーターにまとめています。この研究は我々にVTSを作るに当たっての貴重な情報を与えてくれました。

Art is very useful because it is concrete. It sits in front of you and there is data to pick apart. So what they learn is not only about a work of art, but very much about themselves and about each other and about a process of coming to meaning together collectively.

アートは確実に存在するものなので(実は自分を知るのに)非常に役にたちます。アートを通して学べるのはアートに関してだけではありません。実は自分自身、他の人々、そして、アートを見て考えるプロセスを学んでいるんです。

Linda: We hear teachers very often noting that students will look longer at visual materials, whether it's a petrie dish or a slide or a diagram or a photograph in their social studies look ....

我々が先生方から良く耳にすることは、子ども達が例えば社会の教科書を読むとき、視覚的なイメージの方(例えば、実験皿、スライド、図表、写真)を文章よりも長く見ているということです。

Philip: In normal classroom discussions, there's a pretty predictable 25 % maybe 40% during some discussions, who participate. What we find typical in VTS discussions is that more like 90% do. And not talking about every slide, but over the course of even two or three slides, most kids have their hands in the air; most want to contribute.

通常のクラスの討論では25%もしくは多くても40%の生徒しかその討論に参加していません。しかし、VTSの討論では90%以上の生徒が参加しています。VTSのコースを通して、多くの生徒達が手を上げ、自分の考えを話し、皆と考えを交換しようとしているのです。

Linda: So I often hear teachers saying, "I am so proud of my kids, I had no idea that so and so had ideas like this." It's just really beautiful to see this unfolding.

私は先生方が度々こういうのを耳にします。「私は自分の生徒たちを誇りに思っています。あんな風に物を見、考えるなんで想像もつきませんでした。」教師と生徒のオープンな関係を目にするのはとても素晴しいことです。