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Monday, February 2, 2009

Toku美術教育通信原稿67号2008

「研究ノート」原稿: 美術科教育学会通信67号(2月中に発行予定)

美術教育における「伝統と革新」:
ヴィジュアル(ポップ)カルチャーを取り巻く現状と今後

徳雅美

芸術学部美術教育学准教授

カリフォルニア州立大学チコ校

 

人文学、特に美術系では、昨今どこもかしかも「ヴィジュアルカルチャー(Visual Culture: 視覚文化)」 という言葉のオンパレードで、この言葉に食傷気味の人も多いに違いない。しかしながら、アート(芸術)の定義の拡大に伴い、美術教育の扱うべき主題種類が拡大してきている中、二十一世紀に入って最もトレンディなテーマの一つは、美術教育においても、やはりこの「ヴィジュアルカルチャー」 もしくは 「ヴィジュアルポップカルチャー」(Visual Pop-Culture: 視覚大衆文化)である。 

1. ヴィジュアルカルチャーとは

ヴィジュアルカルチャーとはどういう意味なのか、そして美術教育の中ではどのように取り扱われているのだろう。元来この学問領域は、特定分野を超え「カルチャースタディー、美術史、文化人類学」など多彩な領域にまたがっており1) 、基本的に「ヴィジュアル(視覚)イメージ」を媒体として、各々の分野の中で、社会への影響を問う形で語られることが多い。1970年代、イギリスで火がついたこのテーマ*2)は、社会的影響を問う「視覚イメージ」を扱うということで、 伝統的な美術題材に加え、映画、テレビ、ビデオゲーム、コミック(マンガ)、広告、インターネット等々、視覚的な題材であれば何でもありで、 増々そのテーマの解釈は拡大し、個々の学問領域を超え研究されている。

美術系一般においては、従来のファインアート(芸術)と比較して解釈されることが多い。つまり伝統的に芸術として認められたファインアートとそうでないアート(工芸、クラフト、フォークアート等)、そしてまた高級と低級芸術*3)の比較において従来語られてきた美術芸術をより身近なもの、私たちの社会に日常的に存在する視覚イメージ全般について問いていくものである。美術教育においては、こどもたちの認知に最も影響の大きいポップカルチャーとしての「視覚イメージ」とそこから派生する関連物もまた対象として、美術教育テーマとして取り扱おうとしている。

2. 美術教育における「ヴィジュアルカルチャー」の定義と意義

このように対象となる範囲が「視覚イメージ」という言葉の元、多種多様であることから、美術教育においては、「ヴィジュアルカルチャー」 の定義はまだ定着しておらず、その定義、解釈、範疇、さらにはカリキュラムとしてどのように取り扱うかは各国各文化によって異なっている。例えば、米国の美術教育においては、大衆文化またその視覚イメージを社会現象の鏡として認知し、そこに潜む社会問題を読み解いていこうとする 批評鑑賞の形、「ヴィジュアルリテラシー (Visual Literacy)*4) を高めるという目的で取り入れられている場合が多い。一方日本においては、社会に氾濫する「視覚イメージ」や「関連グッズ」を通して社会問題を読み取るというより、ヴィジュアルカルチャーに関連する題材、教材を使用して自分を表現するという方向に応用されていることが多いようである。題材としては特に「ヴィジュアルカルチャー」イコール「マンガやアニメ」として捉えられがちである。がマンガやアニメも「ヴィジュアルカルチャー」の 範疇の一つに過ぎない。しかし矛盾するようだが、日本においては、視覚文化の中心を担うのがマンガであるのも事実である。ウィルソンがかつて日本のマンガを「ライゾン(rhizone:本来植物学用語で根茎のこと)」*5) という言葉で表現し、 無自覚に広がり増殖連携しあう媒体として、マンガの影響力を的確に捉えたことは、言い得て妙である。今世界にJ—ポップとして広がりつつある日本の若者文化の中心がマンガであり、また形を変えて各国で発展定着しつつあることを私たちもまたきちんと把握していくことが大切である*6) 。

しかしまたマンガが日本文化の中で、突然表れたわけでは決してなく、日本の伝統美術の流れを引き継いで発展し、他国のコミックとはまた異なった独自のマンガの世界を作り出したことを伝えることも忘れてはならない。「伝統 (Tradition)」と「変革 (Innovation)」は対立するものではなく、一つの流れの中で同等に存在するという真理。今世界で最も影響力のあるメディアとして認められた日本発信のマンガが、日本美術における「伝統と変革」の一つの例として、美術教育の中で示してみることは必要なことかもしれない。またマンガをはじめとするヴィジュアルカルチャーが、いかにこどもの認知や美意識の発展に影響を与えるかなど、その因果関係を美術教育の中の研究テーマとして扱うことの必要性を強く感じる。 

3. 「ヴィジュアルカルチャー」研究&関連プロジェクトの今後と可能性:

このように日本と米国と二つの国を比較してみても、「視覚大衆文化」の定義解釈とカリキュラムへのアプローチも様々である。さて少し話しを戻したい。私がなぜ「ヴィジュアルカルチャー」に関する研究を始めたのか。 きっかけは1990年代初頭 大学院の必須コース「Children’s Artistic Development (こどもの描画発達論)」*7) の中で日米のこどもの描画に表現される空間構築方法の発達過程を比較したことに始まる。 結果、日本のこどもの描画にのみ顕著に表れる特異的表現方法、そしてその原因が、マンガ(視覚大衆文化)からの影響にいきついたことによる。このように当時は 他の多くの研究者がそうであるように、自分の専門分野である美術教育や発達論に関連して入り込んだ領域であった。現在皮肉な事にマンガの世界的人気とともに、美術教育以上にこのテーマを中心に仕事をすることが多くなった。しかし今でも研究目的はヴィジュアルポップカルチャーがこどもの認知発達に(そして社会全般に)どのような影響を与えるのかであり、それを元にこどもの心身ともに健康な発達のために、どういう美術教育カリキュラムを作成すべきなのかが最終目標である。

さてそのヴィジュアルカルチャー関連のプロジェクトとして、2005年から2007年にかけての2年間、北米を西から東海岸へと巡回する形で、マンガの表現力と影響を紹介する少女マンガ展示会「Shojo Manga! Girl Power!」を実施することができた。 展示会目的は、戦後から現代にいたる過去60年間を振り返り、少女マンガに最も影響を与えた23人の作家の少女マンガ原稿二百余点を元に、少女マンガの発展そしてそこに表れる主題の変化を通して、日本女性の願望役割の変化を北米社会に問うものであった。2007年北米9カ所の巡回を終え、2008年2月より、日本巡回が始まる。 日本巡回においては、先の目的に加え、海外において日本のマンガがどのように広がり、そして若者文化の中で受け止められているのかを紹介する展示会ともなっており、川崎、新潟、京都、高知と4カ所を巡回することが決まっている。*8) 特に巡回地3番目、京都国際マンガミュージアム(7/19−8/31)では、第32回国際InSEA学会大阪 (8/58/9)の時期を含んで開催できる運びとなった*9) 。この学会は世界40余国から美術教育並びに美術館教育に関する人々が参加する、3年に一度世界の大都市で開催される有意義なものである。海外からの学会参加者にも、この展示会に足を運んでもらえたらと願っている。 またこのInSEA ワールドコングレスで、特別シンポジウムの一つとして「ヴィジュアルカルチャー」をテーマに開催できることとなった。このシンポジウムを通して、認知発達における基礎研究も含め、多角的な視点による美術教育への可能性を紹介できれば幸いである。

註:

註1Interdisciplinary Study (もしくは Cross-disciplinary Study) :日本語では「越境の学問」もしくはボーダレスの領域と訳される。

註2):例えば著名な関連出版物として John Berger (Ways of Seeing, 1972) Laura Mulvey (Visual Pleasure and Narrative Cinema, 1975) がある。 
註3):「ハイ & ロー (High & Low)」と言われるように「高級芸術」か「低級芸術」かの対比する形で芸術作品を明確化してきた傾向も、近代芸術の分野ではその境界線はしだいに失われ、明白に分けることは困難になってきている。

註4):ヴィジュアルリテラシー (Visual Literacy) この言葉は1969年にはじめて Zach Floniに定義された概念( “Visual literacy refers to a group of vision-competencies a human being can develop by seeing and at the same time having and integrating other sensory experiences.”)特に芸術、教育学において多用される概念。一言で言えば「視覚イメージ」を通して認知思考力を高める能力。鑑賞教育学のSayerによるとさらに発展して、「視覚イメージ」への自分の嗜好を理解し、最終的には自分の美意識の因果関係を発見する能力としている。
註5):Brent Wilson (元ペンシルバニア州立大学美術教育学教授)は、米国における著名な美術教育者の一人。こどもの認知に与えるマンガの影響について海外に紹介した最初の研究者でもある。

註6): 日本のマンガやアニメ人気は、海外において、同人誌を含むコミックマーケット人気へと波及。そこから派生したコスプレ(コスチュームプレイ)が大きな人気を集め、各国特に南米においては最も人気の高い若者文化として独自に定着しつつある。またこれら日本のマンガをオリジナルの日本語で読みたいという日本語習得熱が高まり、各国の日本大使館ではマンガ&アニメ関連イベントを開催して、日本文化交流の大きな手段としている。

註7) 詳細はヴィジュアルカルチャー研究サイト参照: Visual Cultural Research in Art and Education: http://www.csuchico.edu/~mtoku/vc

註8)  日本巡回展示会スケジュールは下記の通り。
1. 川崎市民ミュージアム(216日〜330) 
2. 新潟新津市美術館 (412日〜525) 
3. 京都国際マンガミュージアム (719日〜831)  
4. 高知市文化プラザカルポート内 横山隆一記念美術館 (96日〜119日)
*詳細については「少女マンガ巡回展示会」サイト参照: http://www.csuchico.edu/~mtoku/vc/Exhibitions/girlsmangaka/girlsmangaka_index.html
註9) 第32回国際InSEA学会大阪 (International Society for Education through Art: 「美術を通しての教育」: http://www.convention-j.com/InSEA-WC2008osaka/


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