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Sunday, July 4, 2010

南海日日新聞(5月26日付):ディベートの国アメリカ

以下南海日日新聞5月26日付けの記事(オリジナル版):

メディア&ヴィジュアルリテラシー教育:
「ディベイト(討論)」の国アメリカ、「沈黙は金」の国日本

渡米して日本を外から眺めるようになって、おやそういえばと日米の違いに気付くことがある。その中でも息子の成長とともに学校教育に参加するようになり、日米の教育内容そして授業のアプローチ方法の違いを感じることがある。特にその違いを感じたのが、今回のコラムのタイトルにもある「ディベイトの国アメリカ」であり、それを反映する教育方法である。

米国アメリカでは、学校教育を通して子ども達も社会問題に対して積極的にかかわり、自分自身でその問題を考えるように指導しているのを日常的に感じる。もちろん教師が教科書を元に説明指導するのは日米同じであるが、違いはその後。
その時々のテーマを元に、自分自身で研究調査し、結果を発表、そして討論というように、 社会の問題に対して自分で考える積極参加型のアプローチという点。それを初めて実感したのが、渡米して数年経った1990年代初頭、イリノイ州シャンペーン市の学校(小中一貫校)で美術教師として4年間教鞭をとっていた時のことである。その時大統領選挙の真っ最中、子ども達を二大政党である共和党と民主党の2つのグループにわけ、それぞれの論点をまとめ長所弱点を討論させる授業を行っていた。自分の考えを論理的に説得力のある形で話すためには、異なる意見でも相手の話しをよく聞き、そしてまた理解することが欠かせない。討論の基本である「聞く」と「話す」のプロセスを学ぶという小学校3年生の授業だった。そのテーマが大統領選というところがアメリカ的である。政治の問題は大人の問題と子ども達に介入させないのが日本であるとしたら、早いうちから社会の問題を積極的に考え、参加させるというアメリカの社会的教育方法ともいうべきものに驚き、こういう教育を子どものときから受けた人たちにはとてもかなわないと正直その時思ったものである。 既に15年以上前のことである。

今奄美は普天間基地移設の候補地の一つとして徳之島が候補にあがり、奄美大島は今渦中にあると聞く。この問題について、例えば、中高校の授業の中で、その是非を問う討論が授業として行われることがあるだろうか。 世界は簡単に答えの出せない問題で溢れている。日本の学校教育の中で、これら感情的になりがちな問題を客観的に見つめ、両方の立場から討論討議をうながすような授業を積極的に行うことはあるのだろうか。それができない限り、日本の教育では世界を前に堂々と語れる未来を担う若者はなかなか出てこないのではないだろうか。

情報化社会の現在、メディア(TV、新聞、インターネットなどの情報源)から日々発信される多くの情報の中から、どれが本当に必要で真実の情報なのかを読み取る能力のことをメディアリテラシーといい、特に視覚的イメージを通して真実を認知する能力のことをヴィジュルリテラシーという。(*「リテラシー」の元来の意味は「読み書き(識字)能力」)。社会問題を積極的に考え自分の言葉で語らせるように指導するアメリカの学校教育で今最も重視しているテーマの一つがこれである。

写真はそのヴィジュアルリテラシー教育の一環として美術教育の中で実施した4コマアート展示会。「こどもたちの声:世界は今どうなっているか?」というテーマの元、こどもたちに身近に存在する問題を選び出し、それを「起承転結」の4コマの絵で表現するというもの。2008年にチコ市でスタートしたプロジェクトが、昨年2009年夏奄美大島皆既日食イベントのひとつとして、文化センターでも奄美市近郊の学校にも参加してもらって実施。その後再度 チコ市の小学校6年生に再度参加してもらい展示会を実施。写真(5月5日)はその時のものである。この後、作品はニューヨークへと向かう。

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