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Tuesday, February 3, 2009

名瀬小学校訪問:アメリカからの友人達 (7/25/08)

 金久中訪問の後、名瀬小学校へ。海が体験入学をさせてもらっているクラス(5年2組:田中先生)と水泳クラブの合同で、アメリカからの訪問グループの歓迎水泳大会を開いてくれました。名小組とアメリカ組に別れての水中ポートボール大会やペットボトルを組み合わせた浮き輪(田中先生の労作!)をグループ毎に押しながらの競泳。最後にはソーメンを一緒に食べて盛り上がりました。準備してくださったお母さんがた、ありがとうございました。みんな今でもあの時のことを話題にしては盛り上がっています。本当に良い思い出となりました。*水泳大会の写真はここをクリック!Click here to see the entire event's pictures!(この写真サイトの右肩「Slideshow」をクリックするとスライドショーがスタートしますよ。Enjoy!)

また下の写真はWelcome Party をレストランでした時の様子。みんなで八月踊りを踊りました (^_^)。アメリカからのゲストが来てからのイベント全ての写真はここをクリック!Click here to see the rest of all photos of Chico-troop!

金久中学校訪問:アメリカからの友人達 (7/24/08)








アメリカから国際学会参加(InSEA 大阪学会:8/5-8/9/08) に参加のため、来日してきた、我が同僚や学生達が、その前に奄美にも来島しました。金久中での講演で知り合いになった石川先生にお願いして、金久中訪問を。皆さんがこんな風に私たちを迎えてくれました。写真を見てね!Click here to see the rest of photos!(この写真サイトの右肩「Slideshow」をクリックするとスライドショーがスタートしますよ。Enjoy ^_^!)

明治大学にて (6/26/08)


明治大学での講演。なぜ明治かというと、藤本由香里さんがこの度、新設学科の国際交流なんとか(失礼正式名称を失念)の教授になられて、わたしをその一年生のクラスにとお誘いくださったのが事の始まり。そもそも藤本さんと知り合ったのは、もちろん少女マンガ関係で、たぶんあれはもう4〜5年前のこと。米国(後にカナダを含む北米に拡大)巡回展示会の立ち上げの際、「少女マンガに詳しい人を誰か紹介して!」と私が常日頃マンガ研究のお師匠さんと敬愛している夏目房之介氏に泣きついたところ、二人を紹介してくださった。川崎市市民ミュージアムのヤマダトモコさんと、この藤本さん。それ以来のご縁。日本巡回「少女マンガパワー!展」のスタート会場である、川崎市市民ミュージアムの私のオープニング講演(2/14/08)を忙しい中来て下さった。たぶんそのとき、私の講演を気に入って下さり、機会があったら明治でもということになったと記憶している。(たぶんマニアックではなく、一般受けしたから、これならと思われたのではないだろうかと私の想像ですが)あっそうそう、米国巡回展示会「Shojo Manga! Girls' Power!」(10/05~11/07)の立ち上げ会場であるチコ市(California State University, Chico) でのクロージングシンポジウム(12/07)にも竹宮恵子氏と一緒のご招待したのだ。その後北米最後、9番目の開催地、バンクーバでもうれしい偶然から藤本さんと竹宮さんとお会いすることになったの。肝心の明大での講演のことは何も触れなかったけど、その後の有志との飲み会がとても濃くてよかった。いまどきの若者は本当に好きな事には半端じゃなく詳しい。これからもマンガ関係の講演をすることになると思うけど、やっぱり「美術教育家」として話していこう。私を紹介する時、よくいわれるのですが、どうか「少女マンガ研究家」という肩書きで紹介するのはやめてね(>_<,,,)。実際に研究させている人にはとても失礼になると思うので。これ本音です。

Monday, February 2, 2009

奄美学校講演記3:奄美看護学校にて (7/17/08)

奄美学校講演記2:金久中学校にて (7/14/08)

奄美学校講演記1:3校合同 (中央公民館にて 7/10/08)

Introduction to the Visual Thinking Strategies (1997)

*今日本の美術教育界では対話型鑑賞教育というのが話題になっているらしい。内容を聞いたりサイトを確認してつなげてみると、ニューヨーク近代美術館で美術教育主任として活躍していたヤノワイン氏が20年程前にはじめたVTS (Visual Thinking Strategy:視覚思考方法) プログラムと酷似している。

下記のインタビューは10年以上も前、そのヤノワイン氏が私の母校、イリノイ大学(アーバナ&シャンペーン校)に講師として、そのVTSの普及のため、大学美術館であるKranaert Museum (クラナート美術館:イリノイ州でシカゴにある シカゴ美術館の次に大きい、イリノイ第二の美術館)に入らしていたときのもの。ヤノワインを招聘した美術教育主任のリンダ デユークとの対話を私が翻訳したもの。(ちなみにその時私はまだ大学院の学生で、彼について一学期間、VTSのことを、勉強させてもらいました。その時VTSの効果について、統計処理をして分析した論文を彼に提出しました。労作だったのだけど、ちゃんと読んでくれたのかなあ???)

ということで、現在、日本で普及活動をされているアメリアさんの進めているのもこのVTSなのかな?それにしても、確かヤノワインも10年程前に、VTS普及のため、日本に来日した時にはどうもうまく行かなかったと風のうわさで聞いているのだけれど、、、それがどうして今日本で受けているのか、そしてそれがなぜヤノワインではなくて、アメリアさん(どうもヤノワインと一緒に仕事をした人みたいだけど)なのか、、、

そして日本では、ヤノワインのVTSの理論的根拠になったアビゲル ハウセンさんの美意識理論のことはあまり紹介されてなくて、対話型鑑賞方法としてその方法論だけが流れているのが気になる。私が思うにこれは「鑑賞」というよりは「 Literacy (読み書き能力並びに他の意見を聞く能力)」を高めるのに役立つというのがそもそものうたい文句だったはず。

思うに日本でこの方法論を採用するにあたって、なぜアメリカでこのVTSが生まれたのかをまず知る必要があるのではないか?それを理解しているのかどうかで、日本での普及の意味もかなり異なってくるはずである。米国において、VTSスタートの理由の一つは、現在でも米国で主流の(鑑賞)分析方法である、Elements of Arts (芸術の構成要素)や Principle of Design(デザイン理論)の用語を駆使しての鑑賞方法に異を唱えたのが始まりである。この話しは長くなるのでまた次の機会で、、、下記10年も前の翻訳なので、ちょっとと思うところはありますが、そのまま掲載しました。

*全文(PDF)はここをクリック!

Philip Yenawine & Linda Duke

速記:ジョンオール/翻訳:徳 雅美

カリフォルニア州立大学チーコ校

Linda: It's not based on an expert coming in, it's not based on any kind of access to fancy resources. It is something that can be done in any school.

VTSは誰か専門の人の指導に依るものではなく、特別な手段方法が必要でもありません。これはどの学校ででも簡単に実施できるものです。

Narration: The Visual Thinking Strategy curriculum provided a context for elementary school classroom teachers to help students find meaning in works of art. Art becomes the topic of facilitated discussions which stimulate thinking and the development of communication skills. This program is based on the research of psychologist Abigail Housen.

VTSカリキュラムは小学校の先生方へアートの意味を生徒たちに考えさせるための方法を紹介しています。アートは討論の良い題材であり、またコミュニケーション技術の発達を促します。VTSは心理学者であるアビゲルハウセンの研究を元にして作られています。

Philip: VTS (Visual Thinking Strategy) is really designed to reintegrate art into people's lives as it always has been through all of history. It teaches a process, a process of making discoveries on your own by using your observations and your capacity to draw on your memories, your associations, your experiences with the world to find certain kinds of meaning.

VTSは、かつて(歴史上)アートが我々の身近に存在していたように、再度アートを我々の生活の中に取り戻すようデザインされています。VTSはアートを良く観察することによって自分自身を発見する方法を教えてくれます。

Linda: One of the things that VTS does very well is to convey the idea that art makes us think, that it's about human experience.

VTSが良く機能している一つの理由は、それがアートを通して思考することの大切さを教えてくれるということです。思考するということは人間の存在理由でもあります。

Philip: We don't teach thinking really, very often, we teach at right answers. We teach information and skills. And there's a skill involved in this in terms of careful thinking. But careful thinking is a matter of speculating and occasionally being wrong. There's not a great thinker in the world who hasn't had a bad idea. But that's the way we grow.

我々は実際には(子ども達に)考えるということを教えていません。実は正しい答えを得るということだけを教えています。我々は情報と技術を教えています。技術を持つということの中には、注意深く思考するという意味を含んでいます。ところが注意深い思考であっても時には間違った答えを導き出すこともあります。間違った考えなど持たない偉大な哲学者存在しないのです。しかしまた間違うことにより我々はまた成長していくものなのです。

Linda: It is the nature of art that many different perspectives, points of view can be equally valid and the more of those that are shared and brought together by the group, the more in depth their understanding of the work.

アートというものは、多種多様な見方がありますが、各々の見方考え方を尊重し、さらにグループの中で考えを共有することによって、もっと深くアートを理解することができるようになります。

Philip: There are a number of elements in the strategy that make it work. One area is asking good questions.

VTSを如何に効率的に使うかにはいくつかの要素があります。一つは(子ども達の討論対話を導き出す)良い質問をすることです。

Linda: "What's going on in this picture?" is a very non-directive opening question, opens the floor for a wide range of responses.

「この絵の中には何が起こっていますか(何が見えますか)。」という質問は間接的な開かれた質問であり、多くの答えを導き出すことができます。

Philip: We don't ask them why, we ask them "what do you see that makes you say that?" because that keeps them rooted in the picture and the world we share, it makes them give concrete evidence of the thought that they've had and is a much less threatening question than "Why do you think that?"

我々は(子ども達の答えに対して)「なぜ(そう思うのか)」と問い返したりしません。そのかわり「(絵の中の)何を見てそう答えたの」と問い返すことによって、絵の中から直接自分の出した答えの理由(証拠)を見付け出させるようにしています。この問いかけは「なぜそう思うか。」に比べずっと楽にその答えを導き出すことができます。

Another very important aspect of managing the discussion has to do with linking answers. Hearing a variety of disparate points that one says, "Ah, we see a lot of different possibilities here," or at another time we say, "We seem to be agreeing about certain kinds of things," and pointing that out.

子ども達の討論対話をうまく操縦するもう一つの重要なポイントは、彼等の(全く関係のないように見える、または相反する)答えをうまく繋げてあげることです。(例えば)異なった意見に対して「この絵の見方にはいろんな可能性がありますね。」とか等々。


Philip: The attempt is to not judge an answer as silly, not judge it as irrelevant, not say a question is a bad one but to say, "everything is legitimate."

これらの子ども達との会話のやりとりは、くだらない答えとか、関連性のないものとか、ばかげた答えとかの判断を下すためのものではありません。「全ての答えに意義がある(間違った答えなどない)。」ということを子ども達に知らせる必要があります。

Linda: In some cases, I think children don't feel that they're bringing a lot to the table that's valued by adults. But VTS is very much about the wonder of what people can bring to a conversation with careful looking and thinking and sharing ideas.

時として、私は、子ども達自身が自分の考えはみんなの前でいうほど価値のあるものではないと卑下しているように見えることがあります。しかしVTSでは、他の人々がアートをどのように見、そして考えているかをお互いの対話を通して交換させることにより、彼等の探究心を満足させることができます。

Philip: Being able to tell stories is probably being able to participate in one of humankind's oldest traditions. It's probably very important to get kids to find their own stories in the world around them and to tell their own stories to help them understand themselves. But if we ask them using a work of art as a starting, place quite often we have something concrete that makes it so that they don't just have to invent, but that they anchor their stories somewhere in a real world, a world that we all can share.

物語りを語ることは、我々人間が昔からもっていた習慣の一つです。それは子ども達にとってもとても重要なことで、自分の物語りを創造し、それを語ることによって自分自身を理解することにも繋がるからです。しかしもし、子ども達が単に自分勝手な物語りを作るのではなく、アートを見ることによってそれから触発されて物語りを創造するのであれば、その物語りはそのアートを見ていた全ての人と共有するものであり、他の人々にとっても意味のあるものとなります。

Linda: The basic strategies are so simple. They can be learned quite easily, so that if a teacher doesn't happen to have a background in art, he or she quickly discovers that that needn't hold them back at all.

VTSの基本的な方法はとても簡単なものです。たとえ教師に美術(史)を学習した経験がなくても簡単に学ぶことができます。

Philip: What Housen's search has revealed is the richness of people's thinking when they are trying to find meaning in work of art.

ハウセンが研究調査によって何を発見したかと言うと、人々がアートの意味を見い出そうとする時、如何に豊かな発想をするのかということです。


Housen's theory is the basis for most of our decision making. She began a process 20 years ago that involves looking very closely at what people do when they look at works of art. This is what gives us the information we need to create teaching structures.

ハウセンの理論は我々のVTS作成の最も重要な元となっています。彼女は20年以上前から美術館にやってくる人々がアートにどのように反応するのかを良く観察しデーターにまとめています。この研究は我々にVTSを作るに当たっての貴重な情報を与えてくれました。

Art is very useful because it is concrete. It sits in front of you and there is data to pick apart. So what they learn is not only about a work of art, but very much about themselves and about each other and about a process of coming to meaning together collectively.

アートは確実に存在するものなので(実は自分を知るのに)非常に役にたちます。アートを通して学べるのはアートに関してだけではありません。実は自分自身、他の人々、そして、アートを見て考えるプロセスを学んでいるんです。

Linda: We hear teachers very often noting that students will look longer at visual materials, whether it's a petrie dish or a slide or a diagram or a photograph in their social studies look ....

我々が先生方から良く耳にすることは、子ども達が例えば社会の教科書を読むとき、視覚的なイメージの方(例えば、実験皿、スライド、図表、写真)を文章よりも長く見ているということです。

Philip: In normal classroom discussions, there's a pretty predictable 25 % maybe 40% during some discussions, who participate. What we find typical in VTS discussions is that more like 90% do. And not talking about every slide, but over the course of even two or three slides, most kids have their hands in the air; most want to contribute.

通常のクラスの討論では25%もしくは多くても40%の生徒しかその討論に参加していません。しかし、VTSの討論では90%以上の生徒が参加しています。VTSのコースを通して、多くの生徒達が手を上げ、自分の考えを話し、皆と考えを交換しようとしているのです。

Linda: So I often hear teachers saying, "I am so proud of my kids, I had no idea that so and so had ideas like this." It's just really beautiful to see this unfolding.

私は先生方が度々こういうのを耳にします。「私は自分の生徒たちを誇りに思っています。あんな風に物を見、考えるなんで想像もつきませんでした。」教師と生徒のオープンな関係を目にするのはとても素晴しいことです。


Toku美術教育通信原稿67号2008

「研究ノート」原稿: 美術科教育学会通信67号(2月中に発行予定)

美術教育における「伝統と革新」:
ヴィジュアル(ポップ)カルチャーを取り巻く現状と今後

徳雅美

芸術学部美術教育学准教授

カリフォルニア州立大学チコ校

 

人文学、特に美術系では、昨今どこもかしかも「ヴィジュアルカルチャー(Visual Culture: 視覚文化)」 という言葉のオンパレードで、この言葉に食傷気味の人も多いに違いない。しかしながら、アート(芸術)の定義の拡大に伴い、美術教育の扱うべき主題種類が拡大してきている中、二十一世紀に入って最もトレンディなテーマの一つは、美術教育においても、やはりこの「ヴィジュアルカルチャー」 もしくは 「ヴィジュアルポップカルチャー」(Visual Pop-Culture: 視覚大衆文化)である。 

1. ヴィジュアルカルチャーとは

ヴィジュアルカルチャーとはどういう意味なのか、そして美術教育の中ではどのように取り扱われているのだろう。元来この学問領域は、特定分野を超え「カルチャースタディー、美術史、文化人類学」など多彩な領域にまたがっており1) 、基本的に「ヴィジュアル(視覚)イメージ」を媒体として、各々の分野の中で、社会への影響を問う形で語られることが多い。1970年代、イギリスで火がついたこのテーマ*2)は、社会的影響を問う「視覚イメージ」を扱うということで、 伝統的な美術題材に加え、映画、テレビ、ビデオゲーム、コミック(マンガ)、広告、インターネット等々、視覚的な題材であれば何でもありで、 増々そのテーマの解釈は拡大し、個々の学問領域を超え研究されている。

美術系一般においては、従来のファインアート(芸術)と比較して解釈されることが多い。つまり伝統的に芸術として認められたファインアートとそうでないアート(工芸、クラフト、フォークアート等)、そしてまた高級と低級芸術*3)の比較において従来語られてきた美術芸術をより身近なもの、私たちの社会に日常的に存在する視覚イメージ全般について問いていくものである。美術教育においては、こどもたちの認知に最も影響の大きいポップカルチャーとしての「視覚イメージ」とそこから派生する関連物もまた対象として、美術教育テーマとして取り扱おうとしている。

2. 美術教育における「ヴィジュアルカルチャー」の定義と意義

このように対象となる範囲が「視覚イメージ」という言葉の元、多種多様であることから、美術教育においては、「ヴィジュアルカルチャー」 の定義はまだ定着しておらず、その定義、解釈、範疇、さらにはカリキュラムとしてどのように取り扱うかは各国各文化によって異なっている。例えば、米国の美術教育においては、大衆文化またその視覚イメージを社会現象の鏡として認知し、そこに潜む社会問題を読み解いていこうとする 批評鑑賞の形、「ヴィジュアルリテラシー (Visual Literacy)*4) を高めるという目的で取り入れられている場合が多い。一方日本においては、社会に氾濫する「視覚イメージ」や「関連グッズ」を通して社会問題を読み取るというより、ヴィジュアルカルチャーに関連する題材、教材を使用して自分を表現するという方向に応用されていることが多いようである。題材としては特に「ヴィジュアルカルチャー」イコール「マンガやアニメ」として捉えられがちである。がマンガやアニメも「ヴィジュアルカルチャー」の 範疇の一つに過ぎない。しかし矛盾するようだが、日本においては、視覚文化の中心を担うのがマンガであるのも事実である。ウィルソンがかつて日本のマンガを「ライゾン(rhizone:本来植物学用語で根茎のこと)」*5) という言葉で表現し、 無自覚に広がり増殖連携しあう媒体として、マンガの影響力を的確に捉えたことは、言い得て妙である。今世界にJ—ポップとして広がりつつある日本の若者文化の中心がマンガであり、また形を変えて各国で発展定着しつつあることを私たちもまたきちんと把握していくことが大切である*6) 。

しかしまたマンガが日本文化の中で、突然表れたわけでは決してなく、日本の伝統美術の流れを引き継いで発展し、他国のコミックとはまた異なった独自のマンガの世界を作り出したことを伝えることも忘れてはならない。「伝統 (Tradition)」と「変革 (Innovation)」は対立するものではなく、一つの流れの中で同等に存在するという真理。今世界で最も影響力のあるメディアとして認められた日本発信のマンガが、日本美術における「伝統と変革」の一つの例として、美術教育の中で示してみることは必要なことかもしれない。またマンガをはじめとするヴィジュアルカルチャーが、いかにこどもの認知や美意識の発展に影響を与えるかなど、その因果関係を美術教育の中の研究テーマとして扱うことの必要性を強く感じる。 

3. 「ヴィジュアルカルチャー」研究&関連プロジェクトの今後と可能性:

このように日本と米国と二つの国を比較してみても、「視覚大衆文化」の定義解釈とカリキュラムへのアプローチも様々である。さて少し話しを戻したい。私がなぜ「ヴィジュアルカルチャー」に関する研究を始めたのか。 きっかけは1990年代初頭 大学院の必須コース「Children’s Artistic Development (こどもの描画発達論)」*7) の中で日米のこどもの描画に表現される空間構築方法の発達過程を比較したことに始まる。 結果、日本のこどもの描画にのみ顕著に表れる特異的表現方法、そしてその原因が、マンガ(視覚大衆文化)からの影響にいきついたことによる。このように当時は 他の多くの研究者がそうであるように、自分の専門分野である美術教育や発達論に関連して入り込んだ領域であった。現在皮肉な事にマンガの世界的人気とともに、美術教育以上にこのテーマを中心に仕事をすることが多くなった。しかし今でも研究目的はヴィジュアルポップカルチャーがこどもの認知発達に(そして社会全般に)どのような影響を与えるのかであり、それを元にこどもの心身ともに健康な発達のために、どういう美術教育カリキュラムを作成すべきなのかが最終目標である。

さてそのヴィジュアルカルチャー関連のプロジェクトとして、2005年から2007年にかけての2年間、北米を西から東海岸へと巡回する形で、マンガの表現力と影響を紹介する少女マンガ展示会「Shojo Manga! Girl Power!」を実施することができた。 展示会目的は、戦後から現代にいたる過去60年間を振り返り、少女マンガに最も影響を与えた23人の作家の少女マンガ原稿二百余点を元に、少女マンガの発展そしてそこに表れる主題の変化を通して、日本女性の願望役割の変化を北米社会に問うものであった。2007年北米9カ所の巡回を終え、2008年2月より、日本巡回が始まる。 日本巡回においては、先の目的に加え、海外において日本のマンガがどのように広がり、そして若者文化の中で受け止められているのかを紹介する展示会ともなっており、川崎、新潟、京都、高知と4カ所を巡回することが決まっている。*8) 特に巡回地3番目、京都国際マンガミュージアム(7/19−8/31)では、第32回国際InSEA学会大阪 (8/58/9)の時期を含んで開催できる運びとなった*9) 。この学会は世界40余国から美術教育並びに美術館教育に関する人々が参加する、3年に一度世界の大都市で開催される有意義なものである。海外からの学会参加者にも、この展示会に足を運んでもらえたらと願っている。 またこのInSEA ワールドコングレスで、特別シンポジウムの一つとして「ヴィジュアルカルチャー」をテーマに開催できることとなった。このシンポジウムを通して、認知発達における基礎研究も含め、多角的な視点による美術教育への可能性を紹介できれば幸いである。

註:

註1Interdisciplinary Study (もしくは Cross-disciplinary Study) :日本語では「越境の学問」もしくはボーダレスの領域と訳される。

註2):例えば著名な関連出版物として John Berger (Ways of Seeing, 1972) Laura Mulvey (Visual Pleasure and Narrative Cinema, 1975) がある。 
註3):「ハイ & ロー (High & Low)」と言われるように「高級芸術」か「低級芸術」かの対比する形で芸術作品を明確化してきた傾向も、近代芸術の分野ではその境界線はしだいに失われ、明白に分けることは困難になってきている。

註4):ヴィジュアルリテラシー (Visual Literacy) この言葉は1969年にはじめて Zach Floniに定義された概念( “Visual literacy refers to a group of vision-competencies a human being can develop by seeing and at the same time having and integrating other sensory experiences.”)特に芸術、教育学において多用される概念。一言で言えば「視覚イメージ」を通して認知思考力を高める能力。鑑賞教育学のSayerによるとさらに発展して、「視覚イメージ」への自分の嗜好を理解し、最終的には自分の美意識の因果関係を発見する能力としている。
註5):Brent Wilson (元ペンシルバニア州立大学美術教育学教授)は、米国における著名な美術教育者の一人。こどもの認知に与えるマンガの影響について海外に紹介した最初の研究者でもある。

註6): 日本のマンガやアニメ人気は、海外において、同人誌を含むコミックマーケット人気へと波及。そこから派生したコスプレ(コスチュームプレイ)が大きな人気を集め、各国特に南米においては最も人気の高い若者文化として独自に定着しつつある。またこれら日本のマンガをオリジナルの日本語で読みたいという日本語習得熱が高まり、各国の日本大使館ではマンガ&アニメ関連イベントを開催して、日本文化交流の大きな手段としている。

註7) 詳細はヴィジュアルカルチャー研究サイト参照: Visual Cultural Research in Art and Education: http://www.csuchico.edu/~mtoku/vc

註8)  日本巡回展示会スケジュールは下記の通り。
1. 川崎市民ミュージアム(216日〜330) 
2. 新潟新津市美術館 (412日〜525) 
3. 京都国際マンガミュージアム (719日〜831)  
4. 高知市文化プラザカルポート内 横山隆一記念美術館 (96日〜119日)
*詳細については「少女マンガ巡回展示会」サイト参照: http://www.csuchico.edu/~mtoku/vc/Exhibitions/girlsmangaka/girlsmangaka_index.html
註9) 第32回国際InSEA学会大阪 (International Society for Education through Art: 「美術を通しての教育」: http://www.convention-j.com/InSEA-WC2008osaka/


Sunday, February 1, 2009

Diversity in Art: Voices from the Minority Culture of the Amami Islands in Japan

下記、教育美術誌「東西南北(締切:1/14/2003)」に掲載の原稿。

以下の文章もまた2002年3月号「教育美術」内の「東西南北」に掲載させていただいたものである。内容は大学と美術館との連携ともいうべき展示会ワークショップ開催の経緯と結果報告のようなものになってしまった。渡米してから長年の夢であった故郷奄美大島の文化と芸術を米国にて紹介することができたのもひとえに多くの人々の協力があったからである。感謝。この文の最後にも書いたがこの展示会を準備していたころはもう二度とこういった大それたことは計画しないなどと本当に誓ったものである。大学の仕事と並行しながら似非学芸員(もしくはプロジェクトディレクター)になってしまった私はほんまもんの学芸員の方々の苦労を実感したのである。が、、、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」か「いつまでたっても学ばんやっちゃー」の私は2004年2月現在、前回以上に大きな米国ツアーの展示会を計画中である。テーマは前回と打って代わって「日本のポップカルチャー」関係。詳細はまた「教育美術」で紹介させていただければなどと密かに思っている。乞うご期待。

Diversity in Art: Voices from the Minority Culture of the Amami Islands in Japan

米国で開催された奄美大島展のご紹介

 昨年の秋、カリフォルニア州立大学チーコ校キャンパスにて、新学期を飾るイベントとして日本の着物についての少々風変わりな展示会を開催することができたので、ちょっとここにご紹介。

 テーマは「芸術における多様性日本におけるマイノリティ文化、奄美大島からの声」。日本語に直訳すると少々後込みしてしまいそうなテーマだが、要するに、日本文化とは米国の多くの皆さんが思うように単一民族による単一文化では決してなく、米国同様多文化国家であり、地域毎にそれぞれの風土に根差した芸術が存在するのだよ、ということを奄美大島の芸術文化を通して米国の人々に紹介するの目的であった。

 この展示会の詳細を紹介する前に、なぜこのような企画を考えついたのかのいきさつを少々お話ししたい。将来他国で日本の地域文化を紹介するイベント等を企画する際の参考に少しでもなれば幸いである。私が渡米したのは1989年夏。日本では昭和から平成にと元号が変わり、中国では天安門事件がおき、ドイツではベルリンの東西の壁が取り壊されと世の中が大きく音をたてて変わり始めた変動激動の年。そんな年に10年間勤務してきた会社を辞め、留学という名目で渡米した私であるが、留学生活を初めてみて痛感したことが一つ。一般的に日本人が米国に対して興味を持っているのと比べると米国人は日本のことをほとんど知らないし、余り興味も持っていないという事実である。日本のメディアには昔も今も相も変わらず毎日のように米国のことがニュースになるが、当時米国では日本のことなど、ほとんど話題にならなかったものである。また人々の持つ日本のイメージの画一的なことにも驚かされた。米国人にとって日本とはせいぜい二つの都市で代表されるイメージ、すなわちテクノカルチャーの中心都市東京か歴史伝統の町京都、この二つの何れかのイメージがほとんどであった。日本の芸術文化はそんな単純なものではないぞと米国在住の日本人の中で憤慨したのは私だけではなかったはずである。

 そんな訳で、いつかチャンスがあったら我が故郷奄美大島を通して日本文化の多様性を紹介したいなと思っていたのである。その初めての機会は以外と早く訪れた。1995年。その当時私はイリノイ大学(アーバナシャンペーン校)の美術教育の大学院生だったが、隣町にあるイリノイ州立大学付属の日本人土曜学校の教師も勤めていた。日本人学校の校長は三菱自動車の副社長氏が兼任。その夫人が地域の日本文化振興に貢献なさっており、夫人の集められた第二次大戦前後の日本の着物を元に開催される展示会のお手伝いをすることになったのである。日本の着物については一般常識並みの知識しか持っていなかった私が、着物の着付けの資格を持っているというだけの理由で、展示会用の着物の選択から資料調査に至るまでお手伝いをすることになったのは、今思うと不思議な縁である。長い準備期間を経て開催にいたったのは1998年の夏。地域の皆さんの協力のおかげで、2ヵ月に渡って展示会を開催することができ、また好評を博すことができたのは幸運としか言いようがない。

 この経験から、展示会に関する準備開催のノウハウを学んだ私は、日本の着物の多様性というテーマで奄美大島紬に関する展示会開催への夢が膨らんでいったのは言うまでもない。1999年、カリフォルニア州立大学チーコ校で職を得た私は、早速その準備に入った。開催時期、開催場所、そして経済的援助をどのようにして得るのか。奄美大島紬をどうやって長期に渡って無償で借りることができるのか。大学で教鞭を取り、論文等のノルマを抱えながら、クリアーしなければいけない問題は山積。しかし案づるより産むが安し。大学側の協力で開催時期場所は難無く決定。懸念していた大島紬貸与の件も父がかつて市役所の観光課に在籍していた関係で知己を得、大島紬無償貸与の厚意を受けることができた。最後に残る大きな問題である資金調達に関しては、まず大学内にプールされている研究資金に応募することを検討したが、展示会開催費用は該当されないということで、外部の文化基金を検討。幸いにカリフォルニア州パルアルト市(サンフランシスコの隣町)に基点をおくクリスティンセン文化基金がアジアに関連する芸術文化振興の助成を行っていることを知り、2002年2月に資金援助を申請。また、学生を中心とした文化イベントを支援する大学内の学生文化基金へも資金援助を申請。結果幸いなことに、両基金から援助を同年5月に受けることができ、総額で日本円にして三百万円余の資金を得ることができた。

 以上のような過程を経て2002年秋、「日本の文化芸術の多様性」という共通テーマの元、奄美大島という地域を主軸に、「大島紬展」、「写真展」「浮世絵」を大学内の3つのギャラリー、美術館で同時開催する運びとなった。さらに関連イベントとしてレセプションを含む8つのワークショップ(着物の貴付け、お茶会、ギャラリートーク等)を展示会開催期間中(9/3〜26)に平行して行った。

これらの展示会は日本の地域文化としての奄美の文化芸術の美しさを紹介するのが主ではなく、奄美の文化芸術のルートを問うものでもあった。奄美大島という小さな島の文化が海のシルクロード(「道の島」ともいう)という東アジアからの交易ルートを通して日本本土と他のアジアの文化がどのように混合して開花していったのか、そしてそれが今後どのように変化していこうとしているのか。過去から未来へとアジア全体の歴史の中で奄美の文化芸術の流れを知ることは、また米国における文化芸術のルーツを考えることにも繋がると信じたからでもある。

その趣旨のもと、メインである大島紬展は、大島紬特有の伝統的な「染め」「柄」の種類とモダンデザインとを比較展示し、その歴史を紹介した。写真展では島の報道写真家として奄美大島の変化を30年以上に渡って撮り続けてきた越間誠氏を招待し「奄美の印象」という題材で奄美大島の「暮らし」「自然」「宗教」「祭」という4つのカテゴリーにて奄美の歴史文化を紹介した。さらに大島紬と比較する目的で大学所蔵の版画コレクションの中から、「浮世絵のなかの着物」というテーマで大学内の版画ギャラリーで日本の18、19世紀の浮世絵展を開催した。

 大学内の3つのギャラリーが同じテーマで展示会を開催したことは大学創立以来のことであり、話題性もあり大盛況。美術史、アジア学、比較文学等の授業の中でも関連して取り上げられ、学生達がペンノートを片手に展示場を熱心に見て回っているのが印象的であった。展示会終了後もまた地域の団体からのお誘いで日本文化の紹介にと必死の思いで着物を貴、あちこちを歩き回っている私である。また、準備期間中はもう二度とこんな大変な企画はしないなどとうそぶいていた私だが、次回は日本の最北南端の文化の比較、いやいや日本のヴィジュアルカルチャーの紹介かな、などと今から自分で自分の首をしめに入っている私でもある。


 

思えば遠くにきたもんだ(9/2003)美術科教育学会原稿?

渡米して美術教育の末端に座らせてもらうようになってから、日本語でも原稿の依頼をいただくようになり、結構書いているような気がする。ありがたいことに何人かの友人や美術教育関係者から米国の美術教育の現状を定期的に紹介してほしいという言葉をいただくようにもなった。まずは、あちこちに分散している原稿を、少しずつこのブログに整理していこうと思う。そして、いつも頭の中だけで、反芻して、なかなか文章にして発言してこなかったことを、紹介できればと思う。ということで、まずはすでに出版されている最初のころの原稿から、誤字もそのままに掲載します。(恥ずかしいことに)いつ執筆したのかの記録がどこかにいってしまって、どこへの原稿が正直いってはっきりしないのだけれど、たぶん美術科教育学会のニュースレター(もしくは教育美術)への原稿だったと記憶しているのだけれど、、、


「思えば遠くに来たもんだ」

徳 雅美

カリフォルニア州立大学チーコ校

The California State University, Chico

「何か美術に関する仕事につければ。できたら美術館で。」という程度で明確なプランもなく10年勤めていた総合化学研究所を辞め、イリノイ大学(The University of Illinois at Urbana-Champaign)へ編入すべく片道切符を手に成田よりシカゴヘ向けて飛び立ったのは忘れもしない1989年7月24日のこと。その後1991年1月、シカゴにあるシカゴ美術学院(The School of the Art Institute of Chicago)の芸術学部に編入しなおし1992年夏に卒業。同年イリノイ大の美術教育大学院に入り、全てを終えたのが1998年1月。そのまま臨時講師として同大学美術教育学部に一年ほど勤務し、現職であるカリフォルニア州立大へ助教授として招かれたのが翌年の1999年夏。渡米してからちょうど10年目のことである。現在日本を離れて丸14年。思えば遠くに来たものである。

最近、日本人の学生に米国の大学で生き残れるこつはと聞かれることがある。こつなどない。が、生き残るための条件というものはあるらしい。先日、日本の週刊誌を手にしておもしろい数字を見つけた。ある統計によると(確か「サンデー毎日」か「週間朝日」での情報だと思う。)、年間約8万人の日本人がアメリカに留学しており、無事卒業できるのは約4千人だそうである。この数字は大学、大学院等の内訳、さらにどういう条件で留学したかの詳細が掲載されていないので、非常に大ざっぱな統計であるのは否めないが、それでも単純計算にして20人に一人、全体の約5%しか生き残れなかったことになる。

さて、留学で生き残る三つの条件である。1)経済力2)英語力3)忍耐力だそうである。なるほどと思う。まず、1)の経済力。これは言わずもがな、お金のことである。学生という条件で渡米する以上、基本的に米国での就労は許されないので、留学期間の学費、滞在費、諸経費を含めて一年分の必要額を「銀行証明」という手段で明示しないと学生ビザは下りないことになっている。米国の大学から奨学金を貰えるのはごく限られた学生だけなので、ほとんどの場合は親か自分自身で用意することになる。比較的学費の安い州立大に行くとしても、少なくとも初年度は諸経費含めて約2万米国ドルが必要となる。これの4年分を計算すると、実に頭が痛くなる額である。次に、2)の英語力。米国の大学で学ぶことを目指しているのなら、日本においては寧ろ、英語で「読む」「書く」を中心に勉強し、「聞く」「話す」は米国にきてから、その環境の中で徐々に慣れていくしかないような気がする。習った英語と実際使う英語はかなり異なるものである。最後の「忍耐力」。実は個人的にはこれが一番重要な要素だと思っている。我々は好むと好まざるとに関わらず自分の生きてきた社会(母国)で培われた価値観というので物事を判断しがちである。多文化国家である米国のような国で生きていくためには、各文化により価値観が多様であることを再認識する必要がある。つまり自分の価値観だけで相手をそして相手の文化の善し悪しを判断しないこと。実はこれが以外と難しい。そして外国にでると必ず感じる差別(discrimination)偏見(bias)というものに立ち向かわなければいけない。英語にハンデのある外国人学生が米国学生と同等の権利を得るためには、それに伴う義務もきちんと果たすべく、ひたすら忍耐を持って努力することしかないわけである。その努力を楽しんでやれるかどうかが生き残れるかどうかに大きくかかわってくるのではないかと思う。

振り返ってみるに、私の場合は強いていえば、たぶんこの3つめの条件に叶っていたのだと思う。逆説的になるが、将来絶対これになりたいという確固とした信念など持たずに、日々のことを少しずつこなしてきたのが良かったのかもしれない。就職のためとかではなく自分のために勉強できたこと、あの10年間は苦しくもあったがそれだけで本当に楽しかったのである。  さて、これから留学をと考えている学部生、院生の皆さん。まずは夏休みを使っていくつか候補の大学を自分の足で回って見ることをお勧めする。自分で調べ、自分の目で見、自分自身で選択すること。これが後悔しないこつである。例え、うまくいかなかったとしても、他の国で勉強し自分の国を外から見る経験は目から鱗のはずである。そして、いつかきっとその経験は(その時に得た友達も含めて)あなたにとって最高の宝物になるはずである。